9月3日におこなわれた第二次安倍内閣初の改造についてですが…
世の中的には全く期待されていない内閣改造でしたね。やっと週末の各テレビ局の報道番組では取り上げられましたが、改造当日のマスコミの報道は本当に形ばかりでした。ようするにこれまでの安倍政権の延長でしかないと言うことです。
Nさんは法務大臣が死刑に積極的のようだとご指摘ですが、まさに今回マスコミが注目している女性閣僚最多登用というのも、基本的にみな安倍さんの子分か軍門に下った極右ばかりですから、別に女性の視点が内閣に反映されると言うことでもないように思います。
死刑と言えば、法務大臣としてバリバリ死刑を執行してきた谷垣さんが自民党幹事長ということで、ここは石破さんの入閣とあわせて注目点ではないかと思います。ひとつは安倍さんのライバルを挙党一致の枠組みの中に取り込んでしまい、反乱できないようにしたこと。もうひとつは自分の代わりに責任を取らせるためでしょう。
どう考えても今年秋から冬の地方選挙では自民党は苦戦せざるを得ません。大企業優遇・中央集権的政治を続けてきたために、沖縄でも福島でも、またアベノミクスの恩恵から遠ざけられた各地方においても、安倍政権への不満がたまっています。そのとき矢面に立たされるのが選挙面では幹事長でしょうし、政策面においては地方創生大臣です。そもそも地方創生は省もありません。無力でありながら責任だけはとらされる大臣です。しかも石破さんは改造前に安保担当大臣を断ると発言したことを謝罪までしています。石破さんは完全に安倍さんに屈したように見えます。
これは一言で言って自民党のはなはだしい劣化具合を示していると思います。基本的に自民党は独立した派閥が連合した連合党でした。党内にリベラルから極右までを含んでいて、それらがバランスを取りながら政権を担っていたわけです。ところが安倍自民党は個人独裁のような姿を見せました。自民党始まって以来のことです。多様な意見は完全に封殺されてしまいました。本来なら谷垣さんはリベラル系と言われているのだし、安倍さんの方針に対抗するのが筋でしょうが、実際は閣内に取り込まれ、さらに今度は幹事長です。
いったいなぜここまで自民党が劣化してしまったのか、多様な意見が失われてしまったのか。大きく言えば冷戦構造の消滅と関係します。
自由民主党が社会党の左右合同に対抗するために保守合同して成立したことはご存じと思いますが、冷戦構造が無くなって左翼勢力も著しく減衰しました。このことが保守党の再編成をうながしました。分裂と野合です。敵がいなくなったら連合を組んでいる必要がなくなったわけです。それは基本的には政治理念によるものではなく、選挙に勝って権力を握るための力関係を原理とするものでした。
本来自民党の派閥であった(もしくは「あるべきであった」)グループが自民党から分離して一部は小党を形成し、一部は野合して民主党に結集しました。つまり冷戦時代であったら自民党というひとつの政党の派閥として政治闘争をおこなっていたであろうグループが別党になったわけです。同じ政党内なら完全に排除することも出来ず、配慮せねばならないけれど、別党なら関係ありません。
小党乱立は多様性を保証するものではなく、逆に思想の純化と少数派の排除を強めています。新左翼の際限なき分裂と党派闘争を思い出していただければわかるでしょう。新左翼運動ではそれでも核となる大党派や中堅党派がある程度しっかりしていました。しかし21世紀の保守政界では民主党の完全なる失敗によって、自民一人勝ち状況になってしまったのです。
世の中には様々な意見があります。テレビを見ていれば色々な人が色々なことを言います。しかし実際に政治家に権力を与える有権者は(つまり投票に行く人は)ほとんど何も考えていません(もちろん投票に行かない人も何も考えていないのですが)。
政治家にとって重要なのは政策ではなく選挙です。政策の優位性とか戦略の正当性とかでは権力を握れないのです。ただひたすら選挙で勝つこと。それは別にフェアである必要もなく、不利になれば選挙制度を変えればよいわけで、とにかく世論がどうの投票率がどうのではなく、形式として選挙で勝つ者が権力を得るわけです。しかも現在の制度と状勢は勝者の総取り方式になってしまいました。ますます多様性が失われ、独裁の暴走が起きやすくなったのです。
石破さんや谷垣さんが安倍さんの軍門に下ったのは、やはり勝てないと踏んだからでしょう。それは政策とか人気の問題ではなく、基本的には党内の力関係の問題です。勝ち馬に乗る人、乗りたい人が状況を左右するので、少しでも強い人が絶対的優位になってしまうのです。ここに存在している構造は自民党が圧勝する構造と同じものです。勝者の総取りになっているのです。
自民党の劣化は、日本の政治の劣化の結果です。政治の劣化は国民の劣化でもあります。日本人の民度が下がり、腐敗と混沌が広がっているのは、一つの時代が終わろうとしていることを示しています。しかし、この終わりが長く続くのか、そして次の時代が本当に存在しているのかどうか、それはぼくにはわかりません。
世の中的には全く期待されていない内閣改造でしたね。やっと週末の各テレビ局の報道番組では取り上げられましたが、改造当日のマスコミの報道は本当に形ばかりでした。ようするにこれまでの安倍政権の延長でしかないと言うことです。
Nさんは法務大臣が死刑に積極的のようだとご指摘ですが、まさに今回マスコミが注目している女性閣僚最多登用というのも、基本的にみな安倍さんの子分か軍門に下った極右ばかりですから、別に女性の視点が内閣に反映されると言うことでもないように思います。
死刑と言えば、法務大臣としてバリバリ死刑を執行してきた谷垣さんが自民党幹事長ということで、ここは石破さんの入閣とあわせて注目点ではないかと思います。ひとつは安倍さんのライバルを挙党一致の枠組みの中に取り込んでしまい、反乱できないようにしたこと。もうひとつは自分の代わりに責任を取らせるためでしょう。
どう考えても今年秋から冬の地方選挙では自民党は苦戦せざるを得ません。大企業優遇・中央集権的政治を続けてきたために、沖縄でも福島でも、またアベノミクスの恩恵から遠ざけられた各地方においても、安倍政権への不満がたまっています。そのとき矢面に立たされるのが選挙面では幹事長でしょうし、政策面においては地方創生大臣です。そもそも地方創生は省もありません。無力でありながら責任だけはとらされる大臣です。しかも石破さんは改造前に安保担当大臣を断ると発言したことを謝罪までしています。石破さんは完全に安倍さんに屈したように見えます。
これは一言で言って自民党のはなはだしい劣化具合を示していると思います。基本的に自民党は独立した派閥が連合した連合党でした。党内にリベラルから極右までを含んでいて、それらがバランスを取りながら政権を担っていたわけです。ところが安倍自民党は個人独裁のような姿を見せました。自民党始まって以来のことです。多様な意見は完全に封殺されてしまいました。本来なら谷垣さんはリベラル系と言われているのだし、安倍さんの方針に対抗するのが筋でしょうが、実際は閣内に取り込まれ、さらに今度は幹事長です。
いったいなぜここまで自民党が劣化してしまったのか、多様な意見が失われてしまったのか。大きく言えば冷戦構造の消滅と関係します。
自由民主党が社会党の左右合同に対抗するために保守合同して成立したことはご存じと思いますが、冷戦構造が無くなって左翼勢力も著しく減衰しました。このことが保守党の再編成をうながしました。分裂と野合です。敵がいなくなったら連合を組んでいる必要がなくなったわけです。それは基本的には政治理念によるものではなく、選挙に勝って権力を握るための力関係を原理とするものでした。
本来自民党の派閥であった(もしくは「あるべきであった」)グループが自民党から分離して一部は小党を形成し、一部は野合して民主党に結集しました。つまり冷戦時代であったら自民党というひとつの政党の派閥として政治闘争をおこなっていたであろうグループが別党になったわけです。同じ政党内なら完全に排除することも出来ず、配慮せねばならないけれど、別党なら関係ありません。
小党乱立は多様性を保証するものではなく、逆に思想の純化と少数派の排除を強めています。新左翼の際限なき分裂と党派闘争を思い出していただければわかるでしょう。新左翼運動ではそれでも核となる大党派や中堅党派がある程度しっかりしていました。しかし21世紀の保守政界では民主党の完全なる失敗によって、自民一人勝ち状況になってしまったのです。
世の中には様々な意見があります。テレビを見ていれば色々な人が色々なことを言います。しかし実際に政治家に権力を与える有権者は(つまり投票に行く人は)ほとんど何も考えていません(もちろん投票に行かない人も何も考えていないのですが)。
政治家にとって重要なのは政策ではなく選挙です。政策の優位性とか戦略の正当性とかでは権力を握れないのです。ただひたすら選挙で勝つこと。それは別にフェアである必要もなく、不利になれば選挙制度を変えればよいわけで、とにかく世論がどうの投票率がどうのではなく、形式として選挙で勝つ者が権力を得るわけです。しかも現在の制度と状勢は勝者の総取り方式になってしまいました。ますます多様性が失われ、独裁の暴走が起きやすくなったのです。
石破さんや谷垣さんが安倍さんの軍門に下ったのは、やはり勝てないと踏んだからでしょう。それは政策とか人気の問題ではなく、基本的には党内の力関係の問題です。勝ち馬に乗る人、乗りたい人が状況を左右するので、少しでも強い人が絶対的優位になってしまうのです。ここに存在している構造は自民党が圧勝する構造と同じものです。勝者の総取りになっているのです。
自民党の劣化は、日本の政治の劣化の結果です。政治の劣化は国民の劣化でもあります。日本人の民度が下がり、腐敗と混沌が広がっているのは、一つの時代が終わろうとしていることを示しています。しかし、この終わりが長く続くのか、そして次の時代が本当に存在しているのかどうか、それはぼくにはわかりません。