稲恭宏出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
稲 恭宏(いな やすひろ、1967年(昭和42年) - )は日本の医学者、医学博士(東京大学) ・・略・・
病因・病理学、免疫学者 ・・略・・ で、低線量率放射線療法を世界で初めて発見確立し
・・略・・、
福島原発事故における誤った放射線線量率パニックを科学的に批判 ・・略・・、エネルギー安全保障を確保した上での安定的脱原発、世界中のすべての放射性廃棄物の平和的安全処理を強く訴えている。
その一方で、恒久的世界平和を維持しながらの核廃絶・核兵器開発の即時中止・核実験の全面禁止・広島や長崎の原爆被爆者や全世界の核実験被爆者への手厚い支援などに努力を続けるなど、平和運動家としての一面もある ・・略・・。
目次 [非表示]
1 略歴
2 低線量率放射線療法に関する研究
3 低線量率放射線療法
4 博士学位論文と主な研究業績
5 インタビュー・講演など
6 脚注
7 関連項目
8 外部リンク
略歴栃木県出身
東京大学大学院医学系研究科医学博士課程 ・・、病因・病理学/免疫学専攻 博士課程を修了し、東京大学大学院医学系研究科より 博士(医学)号が授与された ・・。
東京大学医学博士で病因・病理学、免疫学者 ・・
1998年 - 1999年 早稲田大学人間科学研究所、同大学院人間科学研究科及び人間科学部文部教官助教として医科学研究指導 ・・
1998年 - 2001年 東京大学医科学研究所客員研究員
1999年に内閣府原子力安全委員会委員長代理の松原純子横浜市立大学医学部教授、同看護短期大学部教授(初代学部長、前東京大学大学院医学系研究科助教授)、フランス ルイ・パスツール大学大学院医学系研究科免疫薬理学教授らとの共同研究成果を放射線医学では世界で最も歴史と権威のある月刊英文学術ジャーナル「Radiation Research 誌」に投稿、論文は放射線医学の世界的専門家数名のレフェリー(査読者)の厳密な審査の後に受理され、翌年、世界中に公刊発表された・・。
2002年 - 2004年 電力中央研究所 旧 低線量放射線研究センター( 現 放射線安全研究センター)においても放射線・放射能の強度と経過時間・年数における生体影響の安全域と危険域について医科学研究指導
略
稲の低線量率放射線療法や低線量率放射線効果に関する研究実績や発言に対しては、化石燃料である石油天然ガス系燃料消費を後押しする科学者や政府によって、種々の根強い反論や論争は続いているものの、フランス科学アカデミーや米国科学アカデミー、米国エネルギー省、米国原子力規制委員会、国際放射線防護委員会(ICRP)、国際原子力機関(IAEA)などは、稲の研究成果に基づく考え方に改められている ・・。
稲は、福島第一原子力発電所事故の影響について、チェルノブイリ原子力発電所事故の線量率と比べると100万分の1〜1億分の1低いと推算し ・・、医学的には原発周辺の市町村では、体を活性化または調整して正常化する低線量率放射線効果(各種病態改善及び予防医学効果)が認められていることを現地の放射線実測値調査・住民調査の結果などから講演等において述べており、科学的知見に基づく知識の普及に努めている ・・。
さらには、栃木県護国神社境内などにおいて、被災者支援のチャリティ野菜市・炊き出しを行い、福島県内避難所へのおにぎりやけんちん汁、支援物資、義援金などの救援活動を不眠不休で行い ・・、栃木県鹿沼市の佐藤信市長や福島県飯舘村の菅野典雄村長らからの特別招聘で、飯舘村、南相馬市、浪江町、双葉町、大熊町、富岡町、楢葉町などから鹿沼市に避難していた被災者に講演と健康相談を行った ・・。
なお、稲は「一刻も早く、政府も東京電力も、最大限の損害賠償金、支援金を、実際に被災者の皆さんの手元に、渡してあげてください。払ってあげてください。じゃないと生活がやっていけません。宜しく、お願いしたいと思います。」と訴えている ・・。
低線量率放射線療法低線量率放射線療法の知見を得るための医学研究は、他の医学研究と同様、まず、野生型及び変異型(各種疾患モデル)の各系統マウスに、数秒間、数分間、数時間、数日間、数週間、数か月間、一生涯に亘る、遺伝子、生体分子、細胞、生化学反応、組織、脳・中枢神経系、深部・末梢神経系、代謝系、筋・骨格系、臓器、全身レベルでの免疫学的及び生理学的実験医学研究まで、放射線を外部照射(外部被曝)、内部(体内)照射(内部被曝)することから始められている。
人間においても同様に全身の医科学的諸機能が活性化または調整されて正常化し、従来医学では余命僅かとされた進行がん患者などの各種病態が顕著に改善され、健康寿命が著しく延長されることが知見として認められており、臨床各科とも連携しながら実証されている・・。
それにもかかわらず、福島第一原子力発電所事故以来の特殊な環境下において、特に日本国内では低線量率放射線療法に対する執拗なまでの反対論争や誹謗中傷が続けられており、日本国政府、同国内閣府内に設置されている原子力安全委員会及び食品安全委員会などによる見直しのないままの農産物、酪農畜産物、水産物、水道水等に対する徹底した暫定規制値の継続、福島第一原子力発電所半径20km圏内の緊急避難指示区域、同30km圏内の屋内退避指示区域、同30km圏外の計画的避難指示区域の設定継続、それに伴う風評被害や自殺、衛生・看護・介護環境や栄養状態が十分でない避難所などにおける被災避難者の死亡や体調悪化が続いている ・・。
この後も延々・・とつづく
そして
YouTube動画 福島原発事故の医学的科学的真実: 稲 恭宏博士
2011年3月23日 「テレビニュース緊急報道 がんばろう日本!」
2011年3月23日 「Medical scientific truth of Fukushima nuclear accident (Eng sub)」
2011年3月25日 栃木県護国神社 境内 護国会館 緊急特別講演 「1 2 3 4 5 6」
2011年3月31日 栃木県護国神社 境内 「暫定規制値を科学的に正す 宇宙船機内」
2011年4月2日 栃木県鹿沼市 鹿沼総合体育館フォレストアリーナ 「復興応援講演」
福島第一原子力発電所事故後の東京から各地までの放射線線量率実測値解説
2011年4月21日 「飯舘村役場」
2011年4月30日 「飯舘村役場」
2011年5月5日 「国見町山頂」
2011年5月5日 「福島県庁」
2011年5月19日 「飯舘村役場」
2011年5月19日 「飯舘村 介護施設・工場」
福島県 飯舘村 「稲 恭宏博士ら有識者と菅野典雄飯舘村村長の懇談会
中略
以上 稲恭宏出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)より
・・ 先日までは こんな好意的ではなかった・・ような気が・・。
これからの流れは こっち です!