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気ままに生活してるシニアの残日録

映画「スポットライト 世紀のスクープ」を観る

2023年05月26日 | 映画

自宅で「スポットライト 世紀のスクープ」(2015、米、監督トム・マッカーシー)を観た。実話だそうだ。

2002年、ウォルター(マイケル・キートン)やマイク(マーク・ラファロ)たちは、新聞社The Boston Globeで連載コーナー「スポット・ライト」を担当していた。ある日、バロン新編集局長(リーヴ・シュレイバー)がある神父の幼児性的虐待問題を取材しろと指示し調査を始めたところ、これまでうやむやにされてきた児童への性的虐待の真相について知ることになる。実は、以前からこの問題は指摘されてきたが弁護士が示談をとりまとめ慰謝料でうやむやに処理されてきた。記事にしようと奮闘する記者たちだが・・・

グローブ社には何年も前に20件の被害情報が届いていたが記事にしなかった。その点について、新編集局長は、「我々はいつも暗闇の中を手探りで歩いている、そこに光が差して初めて間違った道だとわかる、以前何があったか知らないが、今回の取材結果は間違いなく多くの読者に大きな影響を与えるだろう」と言って記事にすることを承認する。その後の調査で虐待をしていた神父は249人、推定被害者数は1,000人だとわかる。

この映画の記者がすごいと思ったのは、このような問題に立ち向かったことだけではない、どうしたら一番大きな改革につながるか、その戦略を考えたことだ。取材した記者は一人の神父の被害の実態を突き止めたが、そこでそれを直ぐに記事にしなかった。その理由は、被害者が90人近くいるので、その全体を調査した上で報道しないと一神父をクビにするだけで終わってしまうからだ、教会組織全体の問題になるような記事にすべきだと考えたのだ。他社に先を越されるかもしれないリスクがあるなかで、なかなかできることではあるまい。

さて、最近の日本の芸能事務所トップによる俳優に対する性的虐待の問題だが、今までずっと見て見ぬふりをしてきたのはこの映画と同じだが、それに毅然と記者が立ち上がって問題が大きく報道されるようになったのではない、ここが情けない。逆にたいした問題ではないことを「民主主義の根幹を揺るがすものだ」などと騒いで大きな問題のように報道するのが(以下省略)