心の音

日々感じたこと、思ったことなど、心の中で音を奏でたことや、心に残っている言葉等を書いてみたいと思います。

「死者にむち打つ」の語源ー恐るべき復讐心1 

2004-12-14 18:45:36 | Weblog
 時は紀元前八世紀から前五世紀までの春秋時代、諸侯が覇を競う抗争の時代です。楚の平王のとき、家臣、伍奢(ごしゃ)は無実の罪を着せられ、処刑を命じられます。そしてその子、伍尚(ごしょう)と、伍員(ごうん)のもとへ、使者が訪れます。使者は、二人が都にくれば、父の命は助けるが、来なければ処刑すると言います。弟の員は「われらが行っても父上は助からない。父上を人質にとって、われらをおびき寄せ、同じ罪を着せて、われらを殺す気だ。平王はわれらの反逆を恐れている」と兄の尚に言います。そこで兄は弟に「お前は亡命せよ。自分は行き、死を甘んじて受けよう。だが父上と自分の恨みを晴らしてくれ。父上も一人で冥土の旅は寂しかろう」と言い、処刑されます。お兄さんのこの孝の精神、名誉を重んじる言動は、本当に立派ですね。なかなかできることではありません。
 さてお金もなく、物乞いをしたり、川の水を飲んだり、草の根をかじったりなどして、死線をさまよいながら、呉の国を目指した弟の員は、その後、呉の国で重用されます。呉王のはからいで、呉の軍隊を率いて、憎き楚の国に入った員でしたが、父と兄を殺した平王はもうすでに亡くなっていました。そこで平王の墓を探し、棺桶をあけ、既にミイラ化していた、屍を三百回鞭打てと命令します。何人もの兵士が「もう自分にはできない」と言い、交代で平王の死体を打ち続けたということです。これが「死者に鞭打つ」の語源です。
 愛する家族を殺された無念、そして兄の遺言などから、復讐の鬼と化したこの執念は、本当に鬼気迫るものがありますね。しかしこの後、この員にも、とんでもない運命がおそいかかります。それはまた後日。