「臥薪嘗胆」は「一度味わった屈辱を晴らしてやろうとして、苦心・苦労を重ねチャンスの到来をまつこと」(新明解国語辞典・三省堂)という意味の有名な故事成語ですが、もう少しそのエピソード具体的に書くとこういうことです。
紀元前5世紀の中国、越王の句践(こうせん)との戦いに敗北した父王の仇(あだ)を忘れないように呉王の夫差(ふさ)が、ベッドに休むことをせず毎夜堅い薪(たきぎ)の上に寝て復讐心を燃やしたことが「臥薪」ですね。その後、その願いがかない、いよいよ今度は夫差が句践を追い詰めます。このとき句践は家来になるから命だけは助けてくれと願い出ます。句践は一命を助けられたものの、この時の苦い屈辱を忘れないように、苦い肝(熊の肝という説があります)を嘗(な)めることによってやはり復讐心をかきたてます。これが「嘗胆」です。そして遂に20年がかりで句践は夫差を滅ぼします。人間の怨念の恐ろしさと、いかにモチベーションを高める工夫をするかを教えてくれる話です。
なお親子二代にわたって呉王に仕えた忠義な部下がいる(「恐るべき復讐心1」で書いた「死者に鞭打つ」のエピソードの人です)のですが、この人は越の国から賄賂をもらっている部下の讒言(ざんげん)により、夫差に自殺を命ぜられます。この時、「自分の目を抉り取って、都の東門に懸けてくれ。その目で、呉の国が滅ぶのを見てやる」と言って死にます。そういうことがあったので、夫差は「あの世で、彼に合わせる顔がない」といって、顔に布をかけて死んでいきます。
信用できる人間と、信用できない人間をしっかり見分けることの大切さも語っています。「歴史は繰り返す」という言葉がありますが、私たちは、歴史や古典から多くのことを学びたいものです。
紀元前5世紀の中国、越王の句践(こうせん)との戦いに敗北した父王の仇(あだ)を忘れないように呉王の夫差(ふさ)が、ベッドに休むことをせず毎夜堅い薪(たきぎ)の上に寝て復讐心を燃やしたことが「臥薪」ですね。その後、その願いがかない、いよいよ今度は夫差が句践を追い詰めます。このとき句践は家来になるから命だけは助けてくれと願い出ます。句践は一命を助けられたものの、この時の苦い屈辱を忘れないように、苦い肝(熊の肝という説があります)を嘗(な)めることによってやはり復讐心をかきたてます。これが「嘗胆」です。そして遂に20年がかりで句践は夫差を滅ぼします。人間の怨念の恐ろしさと、いかにモチベーションを高める工夫をするかを教えてくれる話です。
なお親子二代にわたって呉王に仕えた忠義な部下がいる(「恐るべき復讐心1」で書いた「死者に鞭打つ」のエピソードの人です)のですが、この人は越の国から賄賂をもらっている部下の讒言(ざんげん)により、夫差に自殺を命ぜられます。この時、「自分の目を抉り取って、都の東門に懸けてくれ。その目で、呉の国が滅ぶのを見てやる」と言って死にます。そういうことがあったので、夫差は「あの世で、彼に合わせる顔がない」といって、顔に布をかけて死んでいきます。
信用できる人間と、信用できない人間をしっかり見分けることの大切さも語っています。「歴史は繰り返す」という言葉がありますが、私たちは、歴史や古典から多くのことを学びたいものです。