いっしょに食べよう

60代おばさん、京都で夫とお気楽暮らしをしています。

出稼ぎ

2016年10月20日 | 中国山東省 東平暮らし



    東平の村、
    麦とトウモロコシだけでは生活は楽ではありません。
    家族と離れて遠い所へ働きに出るのは普通です。
    工場の工員さんたち、ご主人がそうだったり
    総班長も以前は子供と離れて遠い工場にいました。

    村に工場があると家族一緒に暮らせます。
    楽ではないですが町でスーパーのレジより収入はあります。
    それでも「もっと」を求めて出稼ぎに行く人もある。

    5年間パタンナーをしていた周(男です)
    日本で働きたいと工場長に相談したようですが
    日本のパタンナーは型を起こすだけでなく
    デザイン企画もできないとだめで彼は働けない。

    周の奥さんは日本の縫製工場で研修生だったこともあり
    彼は日本に対してとても興味がありました。
    「オクサン、日本語センセイしてください」と
    わたしは言われたことがあります。

    日本をあきらめてどこへ行ったのか、カンボジアです。
    今まで工場での給料は4千元、悪くはないはずですが
    カンボジアだと寮に入って1万元あるって。

    子供が二人いて周はまだ若いから、どんどん働きたかったのかな。

    「もうカンボジアに着きました」とメールがあったそうです。
    「10年前の東平みたいです」

    え? 5年前の東平でも相当なもんなのにそれ以上か?
    村育ちの周はカンボジアでは都会っ子になったんか?

    
    昨日の晩ご飯は

       

    日本から買ってきた餃子の皮、30枚x3個。
    賞味期限内に作らんとあかん。
    休みの日にたっちゃんに手伝ってもらうつもりだったけれど
    あてにならないので仕方なく

        

    ひとりで包みました。
    少しずつラップして冷凍してあります。