おやじのつぶやき2

「おやじのつぶやき」続編。街道歩きや川歩き、散歩がてらの写真付きでお届けします。

東武伊勢崎線「北越谷駅」~東武アーバンパークライン「東岩槻駅」。その6。(「元荒川」をゆく。第2日目。)

2024-07-10 15:21:26 | 元荒川

公園内の釣り堀。

                           賑わっています。

の中の下道。

公園内に。

           

森に囲まれ、体育館やグランド、大きな池などが広がっています。

                

案内図。

          「グリーンアドベンチャー 岩槻文化公園コース」。この木の名は?           

この地域はかつては元荒川沿いの微高地でした。

                            (1880年代)                              

                            (現在)

駐車場の向こうに元荒川の流れ。

川沿いの小道。

             

足下の草むらをトンボが。全身真っ黒で蝶々のようにひらひら羽を動かし、ヒラヒラ飛んでいます。

  ○のところにとまっている。

中川歩きの時に見た「ハグロトンボ」。 

ハグロトンボ(羽黒蜻蛉

カワトンボ科トンボ。別名ホソホソトンボ

東アジア日本朝鮮半島中国ロシア)、北米に分布する。日本国内では東北本州四国九州に分布する。

成虫体長は 57-67mm、後翅長 35-44mm ほどで、トンボとしてはやや大型。の方がより若干大きいが、大差はない。が黒いのが特徴で、斑紋はなく、雄は体色が全体的に黒く緑色金属光沢があるのに対し、雌は黒褐色である。
他のトンボのように素早く
飛翔したりホバリングしたりせず、チョウのようにひらひらと舞うように羽ばたく。その際、パタタタ……と翅が小さな音を立てる。どこかに留まって羽根を休める際もチョウのように羽根を立てた状態で、四枚の羽
根を重ねて閉じるという特徴がある。

成虫は5~10月頃まで見られ、とくに7~8月に多い。主に平地から低山地ヨシなどの抽水植物や、エビモバイカモなどの沈水植物などが茂る緩やかな流れに生息する。幼虫は、おもに夜半から早朝にかけて、挺水植物などに定位して6~7月頃に羽化する。羽化後の若い個体は薄暗いところを好み、水域から離れての中で生活するが、成熟すると再び水域に戻り、明るい水辺の植物などに止まり縄張りを張る。交尾後、雌は水面近くの水中植物に産卵する。

日本においては、地域によっては絶滅危惧種にも指定されているように、例えば東京都では絶滅危惧Ⅱ類、青森県では準絶滅危惧種などと、個体数が少なくなっている地域も存在する。

(この項、「Wikipedia」より) 

ハグロトンボは神様トンボ、極楽トンボ、仏トンボなどの別名があります。 別名の由来は諸説あるようですが、羽を閉じたり開いたりする姿が人が手を合わせて神様に祈る姿に似ているということから、黒いトンボは神様の使いとして昔から大事にされてきたようです。

また、ハグロトンボの言い伝えとして、黒いトンボのハグロトンボはご先祖様が姿を変えたトンボとして大切にされてきたとか。 ご先祖さまの魂亡くなった人の魂を運んでくる神の使いで見ると縁起が良い仏様が黒い羽に乗ってやってくるなどと言われています。

日本では縁起の良い生き物であり、幸運が訪れる暗示といわれています。

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東武伊勢崎線「北越谷駅」~東武アーバンパークライン「東岩槻駅」。その5。(「元荒川」をゆく。第2日目。)

2024-07-09 15:35:29 | 元荒川

溜井が大きく広がる。

      桜並木。

右手は緑濃き、水田。

「武蔵第六天神社」の境内地に入ります。

川原に下りられる階段がありますが、今は水底に。

  「夏越の祓」茅の輪がある。

先に進みます。

まだ「岩槻市」のまま。

※現在は、さいたま市に編入「さいたま市岩槻区」。

田んぼが広がります。               

土手の道が途切れ、たんぼの中の道を進みます。上流に赤い橋。

振り返る。

久々な経験。

農家の脇に、カボチャ。

                      枝豆。

県道に出ます。

上流に見えていた赤い橋に向かいます。「大野島水管橋」。

※大野島水管橋は、昭和52年(1977)竣工。三連アーチのランガー補剛形式で70m。口径600mmの管が2本設けられ、元荒川の上を水道水が横断している。大野島水管橋は歩行者も渡れる。

         下流方向。

上流方向。

橋を渡り、右岸に。振り返る。                       

上水道管。

「岩槻文化公園」の脇の道を進みます。

 

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東武伊勢崎線「北越谷駅」~東武アーバンパークライン「東岩槻駅」。その3。(「元荒川」をゆく。第2日目。)

2024-07-04 18:35:34 | 元荒川

「〆切橋」を渡り、右岸を歩きます。

こちら側にも農地が。

ここにもネムノキの大木。  

上流に「大砂橋」が見えてきます。

「元荒川緑道(上流部)散策案内」。

       「大砂橋」を振り返る。

けっこう緑が深い。

路傍に何体かの古仏。

元荒川の流れ。

農地が続きます。菊の栽培。

左手には畑作地が広がる。

イチゴ。

             サツマイモ。

咲き始めている菊。

川沿いから離れて進みます。右手灌木の右に、元荒川。

一面、青々とした田んぼ。

「三野宮橋」。

上流方向。橋を渡り、左岸へ。

「元荒川」沿いの、車の行き来が激しい県道を進みます。

「補修境界 ←さいたま市北部建設事務所 →越谷県土整備事務所」。

さいたま市に入ります。この辺りも「さいたま市」?

さいたま市

埼玉県の県央部に位置する。埼玉県の県庁所在地で、人口は約135.0万人と県内最多政令指定都市の一つ。また財政力指数は政令市の中では3番目である。

2001年に旧県庁所在地である浦和市(当時の人口約48万人)と、大宮市(同約45万人)、与野市(同約8万人)が合併して誕生し、2005年には岩槻市(同約10万人)を編入した。政令指定都市のうち、第二次世界大戦後に合併によって誕生した基礎自治体は当市と福岡県北九州市静岡県静岡市のみ。

都市雇用圏における東京都市圏中心都市の一つであり、10区の行政区を持つ。県内唯一の人口百万人都市でもあり日本の市で9番目の人口を有しており、21県の総人口を上回っている。(この項、「Wikipedia」より)

※指定都市とは、地方自治法で「政令で指定する人口50万以上の市」と規定されている都市のことです。

「政令指定都市」、「政令市」、「指定市」などといわれることもありますが、ここでは地方自治法にしたがって、「指定都市」という名称を使っています。

わが国には、792(2022年10月1日現在)の市がありますが、指定都市は道府県と同等の行財政能力などを有していることが求められていることから、現在、概ね人口70万人以上の20の都市が政令による指定を受けており、その居住人口は全人口の約2割を占めています。

指定都市は、地方自治法の中の「大都市に関する特例」という規定によって、一般の市では都道府県が行っている事務のうち、児童福祉・生活保護・母子保健・食品衛生・結核予防など市民の健康や福祉に関する事務や、都市計画や区画整理事業に関する事務を担っています。

また、市域を複数の行政区に分けて区役所を設置しているのも指定都市の特徴です。区役所では住民票の交付や国民健康保険、地域振興など、日常生活に密着した多くの行政サービスを提供しています。

(この項、「」HPより)

※政令指定都市一覧

札幌市 仙台市 さいたま市 千葉市 横浜市 川崎市 相模原市 新潟市 静岡市 浜松市 名古屋市 京都市 大阪市 堺市

神戸市 岡山市 広島市 北九州市 福岡市 熊本市 

右手のようす。

            

元荒川。

               

旧家らしい趣。

                

  

「みずおとの小道」。

 

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東武伊勢崎線「北越谷駅」~東武アーバンパークライン「東岩槻駅」。その2。(「元荒川」をゆく。第2日目。)

2024-07-03 18:33:28 | 元荒川

「国道4号線(現日光街道)バイパス」を渡ります。.

              

元荒川橋から下流を望む。

川沿いには歩道がないので、県道を進みます。

                      この標識板には、「↑越谷 国道4号線 →春日部 ←上野」とあります。

左手に「元荒川」。

「〆切橋」(人道橋)。

越谷市においては最も歴史の古い橋である。江戸時代宝永年間)には橋が架けられ、明治時代には長さ約29メートル、幅員約3メートルの土橋が架かっていた。また、1924年大正13年)には先代の橋が架けられていた。現在の橋は1937年昭和12年)竣工RC橋で、市内の元荒川に現存する橋の中でも古い部類。橋長54.6メートル、幅員4.15メートル。 老朽化に伴い、大砂橋開通後の2005年(平成17年)度以降は橋の両詰めに車止めが設置され、人道橋として歩行者のみの通行が許されている。 元荒川はかつて〆切橋の上流で大きく北に蛇行するルートで流れていたが、屈曲していることにより大きな水害を発生させていた。そのことから1706年(宝永3年)に伊奈氏の治水事業により現在の流路に変更し、古い流路を締め切ったことから、荻島村の南部は「〆切の地」と呼ばれるようになった。そして橋が架橋されると「〆切橋」と呼ばれるようになったことが由来となっている。

また、かつて河岸場として1711年(宝永8年)より設けられた「〆切河岸」があった

老朽化により、2021年令和3年)5月1日午前10時から通行禁止となった。交通量が多く危険であるが、400メートル下流側に架かる国道4号バイパスの元荒川橋か、600メートル上流側に架かる大砂橋へ迂回を要請してたが、歩行者の負担が増していた。付近は河川改修が計画されており、橋の架け替え、もしくは廃止時期については未定であったが、その後橋を補修することが決定し、2023年(令和5年)度より補修工事が行なわれていた。同年7月12日午前10時に補修工事が完了し、通行止めは解除された。復旧後も復旧前と同様、人道橋として供されており、バイク等は引き続き迂回を要請している。

                

下流方向。 上流方向。

市内に架かる元荒川の人道橋として文教大学前に架かる出津橋などがある

なお、直線で西へ約6.8 ㎞離れた場所を流れる見沼代用水東縁埼玉県道214号新方須賀さいたま線の交差地点には、同音異字の締切橋が架かっている。こちらも江戸期に同地点で新田開発のため見沼を締め切った過去があった。

                               (現在)↓が「〆切橋」。上流に「大砂橋」、下流に「元荒川橋」。

                                (1880年代)上下流に「〆切橋」以外の橋は、ない。

※元荒川には人道橋がけっこう架設されています。かつては耕作地との関わり、現在では、市民の通行の便利のためだからでしょうか? 

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東武伊勢崎線「北越谷駅」~東武アーバンパークライン「東岩槻駅」。その1。(「元荒川」をゆく。第2日目。)

2024-07-02 15:16:33 | 元荒川

元荒川歩き、2日目。

往復とも東武線内の乗り降りです。

北越谷駅西口。              

「元荒川」土手。

前回に続き、左岸を歩くことに。

森の脇に進みます。

                     (「歴史的農業環境閲覧システム」より)

      中央に「宮内庁埼玉鴨場」。

現在、宮内庁が管理している鴨場は、埼玉県越谷市の「埼玉鴨場」と千葉県市川市の「新浜鴨場」の2か所があり、両鴨場のそれぞれ約12,000平方メートルの元溜(もとだまり)と呼ばれる池には、毎年2千羽を超える野鴨などの渡り鳥が越冬のため飛来しています。

鴨場は、鴨の狩猟期間(11月中旬から翌年2月中旬)に、天皇陛下の思召しにより内外の賓客の接遇の場として使用されています。

埼玉鴨場(埼玉県越谷市)及び新浜鴨場(千葉県市川市)では、野生の鴨を無傷のままで捕獲する独特の技法が維持保存されています。

我が国では、古くから網や鷹を使って鴨を捕獲していました。一方、鴨場で行われている技法は、元溜(もとだまり)と呼ばれる12,000平方メートル(約3,600坪)の池に集まった野生の鴨を訓練されたアヒルを使い引堀に誘導し、絹糸で作られた叉手網(さであみ)と呼ばれる手持ちの網を用いて鴨が飛びたつところを捕獲するものです。この技法は、江戸時代に将軍家や大名家に伝わっていたものを明治以降、皇室が継承して今日に至っています。

鴨場は、内外の賓客接遇の場としても用いており、毎年11月15日から翌年2月15日までの狩猟期間に招かれた閣僚、国会議員、最高裁判所判事や各国の外交使節団の長等がこの独特の技法で自ら鴨を捕獲します。

なお、捕獲した鴨は、国際鳥類標識調査に協力して種類、性別などを記録し、標識(足環)をつけ、すべて放鳥しています。猟期外には地元住民の施設見学会を行うなど、鴨場は市民の自然保護観察の場としても貴重なものとなっています。

(この項「宮内庁」HPより)

※明治時代になると、越谷を含む 地域が、皇室専用の御猟場として指定され た。 明治41年に、都内の浜離宮に飛来する鴨が 少なくなってきたことや、交通のアクセスも良かったことから、現在の越谷市の大林に埼玉鴨場を開設したとされている。

野球場。左手の森が「鴨場」。

土手に「ネムノキ」。

                     

この木は?    

対岸(右岸)の住宅地。

鴨場をのぞき見るところはなさそうです。竹林。 

        

対岸・左敷田ポンプ場からの流入口(落とし)。  

「梅林公園」が右手に。

 

梅の実がいっぱい。 

               

橋が見えてきます。        

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