おやじのつぶやき2

「おやじのつぶやき」続編。街道歩きや川歩き、散歩がてらの写真付きでお届けします。

京王線「多摩境駅」~JR横浜線「町田駅」。その6。カワセミ。シラサギ。横浜線。小田急線。

2023-02-28 13:53:13 | 都県境を探る

横浜線の鉄橋をくぐります。

相模原市側の緑地。

「古淵鵜野森公園」。

町田市側には、家庭菜園が。

そして、保全林地区。

川をのぞき込んでいる方がいるので、側に近づくと、指差しして、「ほら、枝の所にカワセミが」。

↓。

    

獲物を見つけたのか、ものすごい早さで川面へ。すぐまた枝の所に。

市街地で見かけるとは、思いも寄りませんでした。

左手に「横浜線」。

JRの敷地境界標。

      シラサギ。

足もとには、小さな紫の花。

金柑? 

町田市役所。

        遊歩道にあった「市役所まであと何㎞」というプレートが歩きの励みになりました。

境川。

「神明橋」。対岸は、相模原市。

        「共和橋から5.5㎞」。この標示にも励まされました。

両岸には、住宅が建ち並ぶ。

振り返る。「幸延寺橋」。

遠くに小田急線の鉄橋が。

ここまで、都県境は、境川をはさんで両側に入り組んでいます。

はん濫危険水位標示。

境川が氾濫することの危険性を知らせるためのもの。護岸・治水工事の重要性を感じます。

小田急小田原線。

           

「下森橋」。

ガード下を抜け、来た道を振り返る。<img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7e/42/d2f4c532e67d0e8201b0f172f33ee8f5.jpg">

今回は、ここまで。町田駅は「八王子絹の道」歩きで来たことがあります。小田急とJR線の両駅があって、人通りも多く、賑やかな街並み・商店街です。横浜線で横浜経由で帰途につきました。

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京王線「多摩境駅」~JR横浜線「町田駅」。その5。大がかりな遊水池工事。右岸に入り組む町田、左岸に入り組む相模原。

2023-02-26 13:47:42 | 都県境を探る

「新中里橋」。

ここにも大きな遊水池。

都市化が進み、流入する水量が増え、境川の治水のため、大がかりな遊水池工事、護岸工事がこの先、下流でも進められています。そのため、川沿いの遊歩道(「境川ゆっくりロード」)も迂回する箇所が数カ所あります。

             

一方で、流路跡が公園に。

振り返る。

                ほぼ直線化された流路。

家庭菜園のところも。

「境橋」。

      対岸の左手は、相模原市ですが、右手は町田市。境川の右岸奥に食い込んでいる。

1880年代のようす。○が町田市に属する。

2010年代のようす。森の手前が旧流路。

                             (「今昔マップ」より)

右岸は、緑が多い。

大きく曲がる水路跡上の住宅地(対岸)。

       

遊水池。

    左岸に多いのは、町田市側の急激な都市化による流水量の増加とみられる。

一方で、相模原市側は丘陵地帯が多く、自然のままの森などが目立ちます。

              

「境川橋」から。

                上流方向。右が町田市、左が相模原市。

右岸を望む。

    

                  大きな工事現場に咲く梅。  

                                 

水辺空間環境整備工事。

歩いていると、相模原市のマンホール。??

    市の木ケヤキをデザインしたもの。

左手の住宅。

      左岸。横浜線の鉄橋の手前が相模原市になっています。

振り返る。

東京都との境界線。

              

 

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京王線「多摩境駅」~JR横浜線「町田駅」。その4。遊水池。両国橋。鯉。本宿・(原)町田。

2023-02-25 13:45:05 | 都県境を探る

流路跡が大きな遊水池に。

 平常時の流れは少ないですが、大雨が降ると、忽ち氾濫する危険がある川のようです。

「両国橋」。旧プレート?

          境川に架かる橋として、何カ所か「両国橋」があります。

護岸工事がまだ続く両岸。

一ヶ所にまとめられ、整備された道祖神等。

            

橋の向こうは、相模原市。 

左右に大きな森が。

         左岸は、「境川山根特別緑地保全地区」。  

「境川ゆっくりロード」。

「根岸橋」。  

ところどころ、旧流路跡が小公園風に。

 

親水施設(相模原市)。

                      川面に下りられる。

大きな鯉の姿が。 

左岸側には細長く大きな遊水池。  

 

「上宿ほほえみ公園」。 

いよいよ町田市の中心街へ近づいてきたようです。ここで、「町田市の歴史」

江戸末期以降、町田が発展した大きな理由は、『絹の道』にある。八王子は江戸時代から繭や生糸の産地であり、さらに甲州や上州など大生産地からの集積地としても発展、『桑都』とも呼ばれた。一方、「横浜港」は開国以降、貿易港として発展、明治以降には国策でもあった生糸輸出のための積み出し港となる。この八王子と「横浜港」をつないだのが『絹の道』で、そのほぼ中間に位置する原町田は中継地として発展した。

『絹の道』は横浜を通じて、キリスト教や自由民権思想など、外国の思想・文化も運んだ。特に自由民権思想は『絹の道』沿道の豪農など、村の有力者を中心に広まる。町田では石坂昌孝、青木正太郎といった有力な指導者を輩出、また大規模な集会が開かれるなど、「自由民権運動」の中心地となった。

その後、現・町田市域を含む多摩郡が属していた神奈川県の県議会では、多摩郡出身の「自由党」議員が勢力を拡大、県知事と対立するなど県政の混乱が見られるようになる。県知事は多摩郡の東京府への移管を政府に要請、東京府としても水源地である多摩郡を管理下に置きたいという思惑もあり、境域変更法案は「帝国議会」でわずかな審議ののち可決、多摩郡は1893(明治26)年4月、神奈川県から東京府に移管された。

『絹の道』がなかったら、また「自由民権運動」が拡大することがなければ、現在も「神奈川県町田市」であったかもしれない。

(この項、「三井住友トラスト不動産」HPより)

  

       

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京王線「多摩境駅」~JR横浜線「町田駅」。その3。護岸工事。梅。常矢橋。カルガモ。

2023-02-24 18:30:27 | 都県境を探る

左岸の工事は、次の橋まで。

                   この工事が終わると、右岸側になるようです。

                   

右岸側の工事。 

梅が咲き始めたようです。

               相模原市内。

ときやばし。

         この橋を渡って、再び左岸へ。ところで、「ときや」はどういう漢字を書くのか?

                   

境川左岸の町田市盤町・相模原市中央区上矢部2丁目と右岸の相模原市中央区上部2丁目・5丁目とを結び、橋名は両岸地区名から一文字ずつを冠とした命名のようです。

※「矢部」という地名は、境川をはさんで両側にあります。

まだ行程の半分ほど。

左岸の梅は、ほぼ満開に。

 

       

崩れ落ちている堰堤。

のどかな田園風景。

振り返ると、山も遠くに。

カルガモが何羽も。

        

対岸の小さな森。

            

           この付近の都県境は、境川の旧流路に沿って、複雑に入り組んでいます。

左岸にある「相模原市淵野辺本町」のおうち。

        

右岸の相模原市。

シラサギが餌を探す。

               川面には、以前のように。大きな岩や草原も、そのまま。

整備済みの護岸壁。

道祖神。

工事のため、「共和橋」から「宮前橋」まで、再び右岸(相模原市側)に迂回します。

                

 

町田市側の護岸工事。

「(相模原市)中央区淵野辺本町1丁目」。

「宮前橋」で左岸へ。

 

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京王線「多摩境駅」~JR横浜線「町田駅」。その2。境川ゆっくりロード。メジロ。

2023-02-23 13:41:53 | 都県境を探る

「小山(おやま)橋」。

                        下流を望む。

「境川ゆっくりロード」。

左岸沿い(町田市側)を歩きます。

野菜即売所。

「町田市立小山小学校」裏。

「大和市南部学校給食・・・」と書かれた倉庫。大和市は、相模原市の南東部にある市。もらい受けたものか?

「上中村橋」。

右が相模原市、左が町田市。

桃の木にメジロが2羽()。

        

                   

                     久々に見ました。しばらく観察。

かつての流路跡? 。公園風なところも。

上流を望む。「中村橋」。

右手は高台になっています。

                        かつての河岸段丘?

流れは比較的澄んでいます。

「町田市水道局」。

鉄管が渡されています。途中まで階段が。実は、右岸の一部が町田市になっています。そのためのもの? 

この先、都県境は境川の中央ではなく、右岸沿いになっています。

「高橋」。

          ここで、今度は、都県境が左岸沿いになります。この付近、都県境は、微妙に入り組んでいます。

この先、護岸工事が進められているので、左岸から右岸(相模原市側)の遊歩道を歩くことに。

          

                かなりの大工事です。

 

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