ここをもちて百官及天下(もものつかさ、また、あめのした)の人ども、軽太子に【背きて】、穴穂御子(あなほのみこ)によりぬ
ここに軽太子、畏(かしこ)みて、大前小前宿禰大臣(おほまへをまへのすくねのおほおみ)の家に逃げ入りて、兵器(つはもの)を備へ作りたまひき
穴穂王子もまた兵器を作りたまひき。ここに穴穂御子、軍(いくさ)を興して大前小前宿禰の家を囲(かく)みたまひき
ここに其の門に到りましし時、【大氷雨(おほひさめ)】ふりき
故、歌ひたまはく
「大前小前宿禰が
金門蔭(かなとかげ)
かく寄り来の
【雨立ち止めむ】」
と歌ひたまひき
ここに其の大前小前宿禰、【手を挙げて膝を打ち】舞ひ【かなで】歌ひ参来(まいく)、其の歌にいはく
「宮人の
【脚結(あゆひ)の小鈴】
【落ちにきと】
宮人【とよむ】
【里人】も【ゆめ】」
と歌ひき
この歌は宮人振なり
かく歌ひ参帰(まいき)てまをさく
「【我が天皇(おほきみ)の御子】、いろ兄(せ)の王(みこ)に兵(いくさ)をなやりたまひそ。もし兵をやりたまはば、必ず人わらはむ。僕(あれ)捕らへて貢進(たてまつ)らむ」とまをしき
ここに兵(いくさ)を解きて退(そ)き坐(ま)しき。故、大前小前宿禰、其の軽太子を捕へて、率(い)て参出(まいで)て貢進(たてまつ)りき
★背きて
異母兄妹の結婚は許されるが、同母兄妹の結婚は不倫とされていて、その不倫を皇太子がしたから、みな皇太子に背いたのである
★大氷雨(おおひさめ)
激しいひょうやあられ
★雨立ち止めむ
雨をやまそう、雨宿りしよう
★手を挙げ膝を打ち
舞の所作
★かなで
手足を動かして舞う
次の歌は舞踊を伴って歌われた
★脚結(あゆひ)の小鈴
活動しやすくするため、袴を膝の下あたりで結ぶ紐。その紐に鈴をつけて装身具とした
★落ちにきと
軽王と軽大郎女の密通事件を暗示する
★とよむ
鳴り響く、騒ぎ立っている
★里人
※里に下っている人々
※大前小前宿禰一族・一党
★夢
斎み慎め
気をつけよ
★我が天皇(おほきみ)の御子
わが天皇である御子よ
天皇はまだ即位前なのでオホキミとよむ
■この密通事件を知って、朝廷に仕える官人や国民たちは、軽王にそむいて穴穂御子の方に心を寄せてしまった
それで軽王は恐れて、大前小前宿禰大臣の家に逃げこんで、武器を作って備えた
穴穂御子も武器を作った。そして穴穂御子は軍勢を発して大前小前宿禰の家を包囲させた。その家に到着した時、氷雨がひどく降ってきた。そこで歌をうたった
「大前小前宿禰の金門の蔭に、寄って来い、ものどもよ、ここに立って雨の止むのを待つことにしよう」
すると大前小前が手を挙げ膝を打ち、舞を舞い、歌をうたいながら出てきた。その歌は
「宮人の脚結につけた小鈴が、落ちてしまったといって、宮人たちが騒ぎたてている。里人たちも軽挙妄動を慎みなさいよ」
この歌は宮人振という歌曲である
大前小前宿禰は歌いながら穴穂御子の前に参って、「わが皇子さまよ、兄君に兵士を差し向けなさいますな。もし兵士を差し向けなさるならば、きっと世間の者は、兄弟の道にもとると謗り笑うでしょう。私が捕らえてその身柄をお渡しいたします」と申し上げた
これを聞いて、穴穂御子は軍勢の包囲を解いて後方に退かれた。そこで大前小前宿禰は軽王を捕え、穴穂御子に差し出した
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