「いいだろお、別にさあ、ジャマしてるわけじゃないんだからさあ」
どこの子供なのか、スタンドの隅の水道まわりでたったひとりで遊びはじめていた。まだ誰も気付いていないようで、おれだけがその事実を知っている、、、 なんだかこの風景、デジャブを感じる、、、
気づかなきゃよかったんだけど、知ってしまったからには放置しておくわけにもいかず、いつもなら洗濯してる時間帯なのに、今日は早く終わらせて朝比奈こないかな、なんてスケベ心丸出しで給油所まわりの掃除してたら、よけいなもの見つけてしまった、、、 昨日給油して、今日来るわけがない、、、
この炎天下の中、外で働いているペーペーはおれしかおらず、他の誰かが知るところになれば、どのみちおれが追っ払う役割りをあてがわれるわけだから、言われる前に先回りして、ちゃっ、ちゃっとかたずけておこう、、、 なんて、かる~く考えていたんだけど、これがけっこう手ごわかった。
子どものすることなんだからって大目に見てあげたい気もするし、スタンドの中で子供にうろうろされて、ケガでもされたら厄介だと考えるのは極めてまっとう判断で、責任者ってやつはいろいろと考えなきゃならなくて、いつも大変なんだ。そりゃそうだけど、責任者から責任を押し付けられるのは、いつだってペーペーなんだな。
なんてことはない子供ひとり追っ払うだけのことだ。こんなショボイ雑務はさっさと終わらせて、オチアイさんから頼まれてる洗車を昼までに片付けなければならない。それなのに、思いがけず反抗的な言葉を受けて、温厚なおれもさすがにイラっとしてしまった、、、 温厚なのか?
うーん、ジャマとかじゃなくてね、ここは遊び場じゃないんだからね。だいたいこんなとこで遊んでたって面白くないだろ。ほら公園にでも行ったほうがさ、いろいろと遊具もあるし、、、
「おにいちゃんさあ、追っ払うにしても、もうすこしシャレたこと言えないの? あたりまえ過ぎで、なんの説得力もないよ。だいたい公園なんか子供ばっかりでおもしろくないしさあ」
どうみても小学校に入ったばっかりぐらいの子供が、シャレたこととか、説得力とか言うな! 子供なんだからそれでいいじゃないか! って言おうとして、それではかえってこじらせることになると、グッとこらえて大人の対応に切り替えてみた、、、
今日の夢見が悪かったせいか、、、 それとも子ネコの怨念か、、、 子ネコだな。子供に注意するのが不運のひとつとかって大げさなんだけど、幸運か不運かって訊かれれば不運だし、それが素直じゃない子供ならなおさらだ。
いいかい、ここは大人の仕事場でさ、大人のお客がやってくるところだ。おまえさんも大人になってクルマを持つようになったら、いくらでも歓迎するからさ、、、 これが大人の対応か?
おれだったら親にそんなふう言われれば、余計に反発するはずだろうなあと、自分のボキャブラリーの少なさに萎える。おれのおろかなところは、幼き時に学んだ経験をいかせないからなんだ。イヤだと思っていたことをやってしまう。望んでいた言葉はもう出てこない。つまらない大人になるってそういうことなんだろうか、、、
おれのなさけない姿をみて同情してくれたのか、ガキんちょはしおらし表情で、おれを手招きする。大人のおれを、、、 大人なのか?
素直に顔を近づけるおれは、子供に子ども扱いされている、、、 子どもか?
「あのさあ、オニイちゃん、今日、朝起きた時、寝ぼけて自分がどこにいるかわからくなったろ?」
えっ!? なんで? なんで知ってんだ。見てたのか? んなわけないな、今日はじめて会ったし、、、 そもそも寝起き見られるってどんな状況だ。
たしかに将来の不安を感じながら寝込んでしまい、バイトでこき使われてる夢を見て、目を覚ました時はいったい自分がどこにいて、今がいつなのかもわからず、自分を認識するためにしばらく時間がかかった。
そういうのってたまにあったりする。旅行先で目覚めたときとか、親戚の家や、友達の家に泊まった時なんかは特に、、、 あと夢の中で、目覚めた夢を見たとき、、、
「それってさ、自分が戻る場所がわからなくなってるんだよねえ… 」
などとのたまいはじめた。へっ、どうゆうこと。
「ぼくらってさ、どこにいるべきかって、まわりとのつながりがあって、はじめて知ることができるんだよねえ。あさ起きたときに聞く音、かいだニオイ、目にした景色、そういうのがぜんぶわかって、はじめて自分がどこに帰ってきたかってわかるんだよ。そうやって毎日、生まれ変わってるのに、たまに戻る場所を間違えたりするだよねえ」
うわっ! なに、このガキンチョ。なんかすごいこと言ってるけど、意味わかってるのか。近頃はそうなのか。いやいや、きっとなんかの受け売りで、意味もわからずしゃべっているに違いない。おれだってそうやって大人びた態度をしたがった時期がある、、、 自分の物差しと、偏見でしか物事を見られない。
「おニイちゃんは、まだなんにもわかってないみたいだからしかたないけどさ、見えるものだけがホントだって、そんなことないんだから」
なんだか、少し前にも耳にしたようなコトバだ。いつだったろう、、、 思い出せない。やっぱりもどる場所を間違えたのか、、、 子どもの言うこと真に受けてどうする、、、 ええい、どうせいつまでも相手にするわけじゃない、ここを切り抜ければいいだけじゃないか。そう、こうやってこれまでもその場しのぎでなんとかしてきた。
これぐらいの年の子供が意味も知らないくせに受け売りのセリフを吐いて、自分が年以上に見られようと躍起になるのはよくあることじゃないか。こういうときはこちらが引いて、彼を大人として認めてやり、機嫌よくお引取り願おうじゃないか。
すごいぞ少年。キミはもうなんでも知ってるんだな。じゃあ自分がどこで遊べばいいかなんてわかってるだろ、、、 うわっ、なんてイヤらしい言い方、、、
「あのさあ、おニイちゃんさ、大変そうだから、ボク、おニイちゃんの言うこときくよ。それでいいんだろ」
ガキンチョは突然、素直になった。そうなればなったで、おれも物わかりのいい態度に疑いを持ってしまう。それが子供だと余計にウラを読んでしまう。自分自身がそうだったし、大人の顔色をうかがって言葉を選んできた経緯もある。良く言えば聞きわけの良いコ、悪く言えば大人に媚を売る、、、 因果応報。おれもスレた子供、、、 だった。
少年よ、おニイちゃんの言うことをわかってくれてうれしいよ。じゃあな、たまになら遊びに来てもいいぜ。オマエもいろいろとわけありなんだろ。手でも振ってやろうかとしたら、もう姿を消していた、、、 逃げ足の速いヤツだ。
なんか中途半端な気持ちは残ったまま、洗車場へ向かった。銀色のベンツがそこに鎮座している。そんなに汚れていないようにも見えるけど、オーナーが細かい人らしく、そこはキッチリとプロの仕事をする必要がある。当然おれが手を掛けられるわけもなく、その後ろに止めてある、型オチのクラウンがおれの担当だ。
年式の割にはキレイな車体で、月に一回入庫してくるって、昨日、オチアイさんに作業方法と共にそんな小ネタも聞いていた。
オチアイさんは大学生で、ここでのバイトは2年のキャリアがあり、マサトが懇意にしているナガシマ先輩の次の古株ということだった。腕が上がってきたということで、所長からベンツの洗車をするように言われたので、これまでのクラウンがおれに回ってきた。
こうやって日本の技能は伝承されていくんだと、肌で感じることができ感慨深く思い、腕を組んでうなずいていた。
「今から、これ洗うの?」
そう、これをいまから洗うんだ。神妙に大きくうなずいて、、、って、セドリックのフェンダーミラーの横に、こしゃまぐれた子供の顔が突き出ていた、、、 やっぱりさっきのガキんちょだ。
コイツいなくなたと思っていたら、こんなところに隠れていたのか、、、 ちょこざいな。
「おニイちゃん、ひとりで大変そうだね。ボク、手伝ってあげるよ」
あのな、そんなことできるわけないだろ。つーか、いつのまにココまでもぐり込んできたんだよ。おれがよっぽど鈍いのか。まあ、それもあるだろ。否定しないけど。こらこら、クルマに触るんじゃない。キズでもつけたらえらいことだ。
「わかってるってば。ねっ、ひとりでやるよりふたりでやったほうが、早くできるしさあ。学校でならったんだよね。こまっている人は助けてあげなさいって」
近頃の小学校は、なかなか授業の内容も高度化しているようで、日本の教育現場の充実具合を垣間見たようだ。
こんなに言ってくれる子供の気持ちを無にするのも大人としてどうなのかという思いもある。それによくみればなかなか賢そうな顔をしているし、言葉も態度もしっかりとしている、、、 おれは昔から押しに弱い人間なんだ。
それにしても昔からネコとか、子供とか、老人とか、なんだかそんなのにはまとわり付かれる運命にもある。いまだにその気運は変わってないらしい、、、 まだ老人との絡みはないけど、、、 なんかの伏線か。