private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over16.12

2019-09-01 15:56:47 | 連続小説

 そうか、もう行かないんだ。
小道のわきに手頃なベンチがあり、朝比奈はそこに座った。こちらを向き、おれの表情から、おれがなにを考えているのか探っている。おれはいつだって朝比奈の言葉の意味さえもわからないまま、逆にこちらの意思は顔を見ただけで判断されるなんて、不公平じゃないかと顔を作ってみた、、、 そして笑われた、、、
 ああそうか、さっきからの話はここにつながる前振りだったんだ。よくあるなそういうの。つまりここは驚いて、その理由なりを問いかける場面なのに、それなのにおれときたら、きっと朝比奈のことだから、なんかあんなこととか、こんなことして退学になってしまったんだろうかとか、父親の転勤で突然引越してしまうとか、そんでもって、トラックの窓から「ホシノーっ、元気でなー」とか言っちゃうやつか、、、 朝比奈にかぎってそれはないな、、、 なんてろくなことしか思い浮かばない。
「そうね、そう。いろいろとあって。わたしはもう学校には行かない。それだけが事実なんだけど、だけど理由はいくつも存在していて、それはきっと誰にも理解しがたい。ホシノにはわかってもらいたから、ちゃんとついてきてほしい」
 ついてきてって、そりゃどこまでもついていきますけどね、、、 ここまでもノコノコとついてきてる、、、 それにしてもまあ、ここでもまた“いろいろ”だけが朝比奈の正解なんだな。
 そりゃ朝比奈の18年にはいろいろとあんったんだろうけど、こうしてみるとついつい同学年とか、、、 別に同学年じゃなくてもいいんだけど、、、 同じ18年を生きてきたとしても、その中身によって36年でも、9年だって成りえるわけで。
「経験とか、環境とか、それだけが人生の根幹をつくるわけじゃないんじゃないんでしょうけど。ましてや確率論とか、数値化されたデータとか。人間関係は複雑なロジックの中で、それに植えつけられた知識も、偶然も、故意でもある」
 そうなんだろうなあ。なんて返しながら、おれにはホントのとこよくわかっていない、、、 9年コースだ、、、 それにしても高校を卒業する前に退学してしまうのは、今後の人生において不利に働くんじゃないんだろうかと、他人事ながら打算的な心配をしてしまう。
「ハハッ。誤解をあたえたようだけど、退学とかじゃなくて、ただ、学校には通わないってだけなの。卒業はちゃんとするから心配しないで。したのかどうかはわたしの勝手な思い込みだけど」
 つまり、経験豊かで、知識も豊富な朝比奈は飛び級とか、卒業するための単位をすでに所得済みで、卒業式の日まで、朝比奈にとってつまらなく、退屈なことこのうえないガッコーって場所に来る必要がなくなるってことなんだろうな、、、 あの窓際の朝比奈を見ていれば簡単な回答だ、、、
「そんなにもね。そんなにも、簡単ではないんだけど。そう、遠からず近からずってとこかな。それでいいのよ、なにが正解か自分さえもわからないから。わたしね、近々アメリカに行く予定なの、予定だけど。そう、夢があって。それをかなえるために。それもまたありがちな選択肢なのかもだけど、そのために、卒業まで待てなくて、待つ必要もないし。どう? ついてこれてる?」
 ふーん、アメリカか。へっ、アメリカ? って、この驚き方ももういいかな。そうかアメリカなんだ。どこかに引っ越しするぐらいしか想像できずにいたから、さすがは朝比奈は、それをはるかに凌いでより壮大だった。
 おれなんか県外に出るってのも大冒険の範疇に入るってのに。だからきっと一生をここで暮らすんだろうなあ。長男で、ひとりっこだし。朝比奈は大丈夫なんだろうか親とか家とか親戚とか、、、心配事が地味でしかたない、、、 にしても予定ってのが朝比奈にしては珍しくあいまいだ。
「ホシノのユニークさね、そういうところ。わたしがアメリカに何しに行くのか訊き掘らない。まずは自分ごととして考えるでしょ」
 
それはなあ、そこまであたまがまわらないってのが正解で、たいして誉められたハナシでもなく、それしてもそんなほめられかたは嬉しいもんだ。
「これは、駆け引きとかじゃなく、おとことおんなとのやりとりのひとつでいい。そこに深い意味をもとめるのか、単なる戯れ言なのか。そんな、そんなね、正面衝突だったり、すれ違いが、ひとの人生を築いていると思うの。偶然の積み重ねだけがひとの人生を語っていくと考えれば気も楽になるでしょ」
 おれが朝比奈の一挙手、一踏足に振り回されているのも、その偶然の積み重ねのひとつになるのかな、、、 あっ、正面衝突のほうか、、、
「なんだか、それって、でもね、すごい奇跡みたいなもんだと思えば、あながち捨てたものじゃないのかな。そういうところにわたしたちは、運命を感じたりするんだから」
 過去も未来も偶然のなかでできあがっている。それなにどうしても法則性を求めたりするからやっかいになるんだ。すべて自分たちの手の中で完結させなければ納得がいかない人間のエゴがそうさせるのか。それなのにおれは見透かされる気がして、あいまいな返事しかできない。
「チンク。また、エンジン止まっちゃた。今度はもう、かからないかもしれない」
 ベンチに両手をついて空を見上げた朝比奈は2~3度首を振り、さして重要でもなさそうに言う。曇り空からいよいよ雨が降ってきたぐらいに。
 えっ、そうなの? なんで、突然そっちにもどった。一回目はかかったよな。だから、あのまま放置してきたんだろうか。おれはなんだか、あの朝比奈のバイト先の先輩なるひとを思い浮かべ、なんて言い訳すればいいかなんて、ぜんぜん朝比奈のありがたいお言葉を生かし切れておらず、なるべく平静を装うぐらいしかできなかった。
「ねえ、ホシノ。ソフトクリーム食べたくない?」
 これまた、なんの脈略もなくそんな問いかけをされても、これは食べたいか食べたくないかを訊いているわけじゃなく、わたしが食べたいから買ってこいって言ってるぐらい、さすがのおれにもわかったから、たしか、噴水がある先にちょっとした出店があったから行ってみるか、、、 こうして偶然の積み重ねとなる作為的な意図に翻弄されているだけのおれ、、、
 ベンチに座ることもなく、次に設定された目的地に向かうことになった。おれがソフトクリームを買ってきて、戻ってくるの待ってるのかと思ったんだけど、どうやら一緒に来るつもりらしく、おれが歩き出したらベンチから立ち上がりうしろからついてきた。
 そりゃ、ほんとにあるかわからない店をおれが探して、買って帰ってくるまで待っているのもつらいか。おれから一緒に行こうとか声かけるべきなんだろうな。それに溶けかけのアイスクリームを持って急いで戻ってくるのも難儀だ、、、 もう一度、さっきみたいに走れるのか自信もない、、、
 夏休み前にイヌで上等とか言ってしまった手前、こういうあつかいになってもしかたないわけで、それどころかこうして身近にいられることに感謝さえしている。なにがおもしろいのか、おれみたいなヤツにアドバイスとか、金言とか、クルマの運転とか教えてくれるのか。そこにどこまで応じられるのか自信のかけらもないんだけど、それで朝比奈が満足ならそれでもいいかって、あくまで他力本願なおれ。
「無理を承知でわがまま言ったんだけど、応えてくれるんだ。ありがとう」
 うーん、つねに言動がわがままいっぱいなんだけど、素直に喜ばれるとこちらも満更じゃないって言うか小っ恥ずかしささえあるし、朝比奈はつねにダブルミーニングとか、高度に哲学的だとか、それにこたえられるヤツはそうそういないなとか納得してるとバイトの先輩があたまに浮かんだ、、、 ヤツも朝比奈の期待通りなのか、、、 クルマ、チンク、動かなかったらどうしよう。
 小道の先から子供たちの声が耳に届く。噴水のある場所は人出が多かった。水着だったり、肌着のままの子供たちが水場で歓声をあげている。あたりまえか、この暑い中広場で遊んでなきゃ、水遊びするのがふつうで、公園の向こう側とこちら側では世界が違っていた。
「うわーっ、気持ちよさそう」
 おれは朝比奈は水着つけてるんだからもしかしたらTシャツを脱いで、子供たちにまじわって遊びだすのかと、ちょっと期待した。さすがにそれはなかった、、、 仮に、やられたら、おれ止められん、、、 自分が観るにはうれしいけど、ほかの男どもの好機の目にさらされるのは抵抗がある、、、 ガキしかおらんけど。
 朝比奈は指を口にあてて、どうしようかって迷っているようにも見える、、、 まさかその気になったか、、、