イタリアにピサの斜塔という
有名な建築物があります。
1173年に着工された当初は真っすぐに
建っていたそうですが、建設途中から
傾き始め、その傾きを修正しながら
なお工事は続けられ、最上階のみ
鉛直に建てられているそうです。
なぜこんな話を出してきたのかと言うと、
人間の心も、似たようなところがある
と思ったからです。
ピサの斜塔は、傾いているから
と言って、その形のまま傾きを修正しても、
真っすぐにはなりません。
傾いたバランスを修正しながら
重心を取っているため、
建物の構造的に、真っすぐではないんですね。
人間の心もどういうところが似ているか
と言うと、何らかの理由で傷ついて
痛みを生じているところをかばって、
硬直していたり、無いことにしている
ところかあったりします。
すると、心はその状態で
バランスを取ろうとして、
何か別の構造的なものを作り出したりして、
全体が歪むんですね。
だから、痛みを生じさせている
心の傷を癒したら、ある程度は
自動的に修正されて、のびやかになる
ところもあるかもしれないけれど、
それと同時に、かつての構造で
必要だったものが不要になったりして、
またそれはそれで不安定なバランス
になるのです。
そういう状態でもう一度バランスを
取り直し、さらに浮上してきた
奥の痛みや、不要になった構造物の
解体作業を進める、といった具合に
解放、統合、癒しのプロセスは
段階的に進みます。
長年慣れ親しんできた
バランスとは違った在り様に、
心も慣れなくて、
何かと不安定になりがちです。
有名な建築物があります。
1173年に着工された当初は真っすぐに
建っていたそうですが、建設途中から
傾き始め、その傾きを修正しながら
なお工事は続けられ、最上階のみ
鉛直に建てられているそうです。
なぜこんな話を出してきたのかと言うと、
人間の心も、似たようなところがある
と思ったからです。
ピサの斜塔は、傾いているから
と言って、その形のまま傾きを修正しても、
真っすぐにはなりません。
傾いたバランスを修正しながら
重心を取っているため、
建物の構造的に、真っすぐではないんですね。
人間の心もどういうところが似ているか
と言うと、何らかの理由で傷ついて
痛みを生じているところをかばって、
硬直していたり、無いことにしている
ところかあったりします。
すると、心はその状態で
バランスを取ろうとして、
何か別の構造的なものを作り出したりして、
全体が歪むんですね。
だから、痛みを生じさせている
心の傷を癒したら、ある程度は
自動的に修正されて、のびやかになる
ところもあるかもしれないけれど、
それと同時に、かつての構造で
必要だったものが不要になったりして、
またそれはそれで不安定なバランス
になるのです。
そういう状態でもう一度バランスを
取り直し、さらに浮上してきた
奥の痛みや、不要になった構造物の
解体作業を進める、といった具合に
解放、統合、癒しのプロセスは
段階的に進みます。
長年慣れ親しんできた
バランスとは違った在り様に、
心も慣れなくて、
何かと不安定になりがちです。
そういうプロセス自体に馴染んでくると、
自身の変化を楽しめるようになってくる
のですが、
最初の頃は、
私、どうしちゃったんだろう、
解放の直後はあんなに晴れやかだったのに、
また苦しくなってきてる、と
不安になったり焦ったりしてしまいがちです。
そういうときに、
良くご質問いただくのが、
また戻ってしまったんでしょうか?
ということなのですが、
決して戻ったわけではないんですね。
そうではなく、先のピサの斜塔の例を
イメージしていただくとわかりやすい
と思いますが、
最上階を撤去したら、
斜塔全体のバランスが変わりますよね?
今度は、そのバランスの中で、
次に取り組んでいくポイントが
出てくるので、そこに順番に
対処して行けばいいのです。
心の痛みをかばっているが故の
不自然な歪みは、現れてきたサインに
順番に応えて行くことで、
それが作られた反対のサイクルを辿って
解除されていきます。
このプロセスを反対回しに
辿っていくことで、自分がいかにして
閉じて行ったのか、本来の姿から
遠ざかって行ったのかを追体験します。
そのことによって、
自分という存在の歴史を
深く知ることになるでしょう。
それは、自分への愛を取り戻していく
旅路でもあります。
歪んだ在り様を責め、矯正しようとするだけでは
対処できるものではありません。
そうなっているにはなっているだけの
事情があるのであり、その事情を汲み、
寄り添い、根本から対処しなくては、
表面の形だけ整っていれば解決した
ということにならないのです。
自分で隠し、
封印してきた自身の歴史を知ること。
それなくして、どうして
本当に自分を愛することが出来るでしょう。
どうして自分はかく在るのか。
それを知ることで、自分の強み、力、
役割、行くべき道は自ずから
示されるでしょう。
そういうものは、
人にヒントをもらうことはできても、
ヒントはヒント以上のものにはなりません。
ヒントを使って扉を開き、
そこに在るものを活かせる自分になる
必要があるんですね。
つまり、ヒントをもらっても
それを活かせるだけの技量が
自分の側に必要だということです。
日々揺らぎ、変化していく自分と対話し続け、
それを楽しめる自分で在るように。
あなたの歩みに、祝福を。
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