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しろいはね くろいはね

感情解放、ヒーリング、意識の目覚めをキーワードに日々の気づきを綴っていきます

自分を愛で満たす

2016年10月29日 07時00分00秒 | 日記

私たちは誰しも幸せになりたいと願っていて、そのために様々な行動をしています。そんな心当たりはないという方も、将来のために色々と備えたり、できる限り周囲の人とうまくやろうとしたりということは誰でもやっていることだと思います。けれど、幸せになるために最も大事なことが、おろそかになっていることに気づいている人はほとんどません。


先日の「愛と受容」の記事にも書いた通り、私たちの現実は「自分が自身にどのように接しているか」が映されたものです。

よく、「あなたがして欲しいことを他人にしてあげなさい」と言われます。が、私が思うに、他者にしてあげる前に、まず自分が自身に対して行うべきです。そうすれば、自分がまず満たされます。

その満たされた状態から行動してあげるのなら、その行為のどこにも無理はなく、自分がして欲しいからしてあげるというような取引の下心が入る余地は無いでしょう。自分がしてあげたいからするという、純粋な愛の行為になります。

けれど、自分が満たされていないのにそうしようとするなら、まず自分が苦しいでしょう。そして、私はこんなに我慢してやってあげているのに、あなたはただ受け取るばかりでズルい!と、心の深いところに不満が募っていくのです。

このような構図は親子の関係に見られることが多くあります。

たとえば、幼い頃に愛された体験が乏しい人が大人になり親になった時、今でもその人は愛に飢えている状態なのに、子供に愛を与えなければならない立場になります。

子供は待ったなしで大人の都合など考えませんから、毎瞬、容赦なく愛に満たされていないのに愛を与えなければならないという葛藤に、自分の気持ちを処理しきれなくなってしまうのです。

また、自分はこんなにも我慢しているのに、我慢をしない子供がどうしようもなく許せない、という思いを抑えることができなくなることすらあるでしょう。

そうした自分を責める親御さんも少なくありません。でも、理性ではこの気持ち、この苦しみを抑えることは不可能です。ガッチリとコンクリート詰めにするようにして抑圧するのがせいぜいでしょう。それは、心の呼吸を止めるようなものですから、生きた屍のようにならざるを得ません。

こうした構図は親子関係だけでなく、仕事の人間関係でもよく見られます。「俺たちの時代はもっと厳しかった。それに比べお前たちは甘やかされている!」と、部下にわざと親切にしなかったりきつく当たったりするような先輩はいないでしょうか。またその反対もあるかもしれませんね。

満たされない心を誰かに埋めてもらおうとすると、どうしてもそこにパワーゲーム(取り引き)が始まります。

私があなたの要求を満たしてあげるから、私を愛し、大事にして欲しい。見捨てないでほしい。有利に扱ってほしい。特別な存在でいさせてほしいなどなど。

そうして相手を自分の望む行動をするようにコントロールしようとするのですが、これは非常に労多くして益少なしの効率の悪いやり方です。「私には自分を幸せにする力はないから、あなたに幸せにしてもらおう。私の幸せはあなた次第」という行為だからです。

私たちには、自分を満たし、幸せにする力があります。それを放棄してはなりません。


自分のどんな側面も受容し、愛することです。そのためには、自分が感じているあらゆる苦しいことから逃げず、自分から離れないで受け止める方法を学ぶことが必要です。私たちの多くはその方法を知りません。だからできない。私は自分で幸せになれないと思っているのです。

けれど、それは間違いなく可能です。自分から逃げ出さないで、自分自身に戻りましょう。私たちの本当のパワーは、ここではないどこか遠く、誰かによってもたらされるのではなく、今ここ、この自分のまさに中心にあるのです。

多くの人は自分自身に戻っていくことを恐れます。自分であることは苦しいことだと思っているからです。だから一生懸命自分ではないものになろうと頑張っています。けれどそれは、あなたが求めている幸せや安らぎから遠ざかる道です。

私自身、20代30代のころは、自分が大嫌いでした。憎んでさえいたと思います。毎日、自分が死ねばいいと思っていましたし、生きていることに何の意味も見出せませんでした。

世界は敵で、私を苦しめる恐ろしいところだと信じていましたから、いつもこの世界や自分から逃げ出すことばかりを考えていました。あまりにも自分でいること、この世界に生きることが辛く、危険に感じられていたからです。

けれどそんな私が自分に向き合い、その苦しみを受け止め、自分を見限ることをやめた時、世界は大きく変わりました。世界は敵ではなく、何と愛に満ちていたのかとやっと気づいたのです。

自分に向き合うのが辛ければ、その辛さを在るがまま受け止めて下さい。そこから、自分を愛で満たす歩みが始まります。

あなたの行く道に、恩寵が満ちますように。

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