796年 教王護国寺(東寺)建立の際、唐から職人が来て居残った方が飴細工を作り
広めたとの説が有りますが、
不思議なのが1750年近くに飴の鳥(飴細工)と記載される迄の
約900年間、飴細工に関する文献が全く見当たりませんので
こちらでは、取り上げておりません
空白の約900年間,何かしら飴細工らしき文面等で紹介されているのが有れば
新発見になるのですが
西暦800年辺り、砂糖は遣唐使などが船で持ち帰る貴重な品で、とても庶民に手の届くものではありません。
砂糖の作り方や歴史も紹介されておられます
精糖工業会
https://edu.seitokogyokai.com/contents-4.html
東寺写真(教王護国寺)
https://toji.or.jp/history/
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