ドヨーーとした冴えない空です。
雑誌ムーの中身についていろいろ言うよりも、興味を覚えた方は検索してみましょう。
また、何気なく使っていたオカルトとは何のことか、疑問もわいてくる。
ウキペディアによると、
ラテン語: occulere の過去分詞 occulta(隠されたもの)を語源とする。目で見たり、
触れて感じたりすることのできないことを意味する。
そのような知識の探求とそれによって得られた知識体系は「オカルティズム」と呼ばれている。
ただし、何をもって「オカルト」とするのかについては、時代や論者の立場等により見解が異なる。
この語は、ヨーロッパにおいては、論敵にレッテルを貼るために使われてきた歴史を持つ。
特に、正統派を自認している側から、そうではない側をこの名称で呼ぶことが行われた。
ただし、その正統派が誰なのかという点は時代とともに変遷する。
つまり、ときの人々から賛同を得た説から外れたモノということか。
体制側にとって都合の悪い事々は、オカルトだのエセなどと言って排斥の材料にする。
これはきおつけないといけない。雑誌ムーへのコメントはコレに尽きています。
この雑誌を面白半分に目を通してみると、投稿者のほとんどが10-20代の若者。
そして、ただ今ネットでもお盛んのようですね。
むしろ、ますます盛んになっているのかもしれない・・・。
人は世の中が安定していても、不安定でも、自己迷走を繰り返している。
それでいいのですが、自信を失い「真っ黒な世界」になってはいけません。
蛇足で申し訳ありませんが拙著「窓辺の象」を観てください。ブックマークにあります
雑誌ムーの中身についていろいろ言うよりも、興味を覚えた方は検索してみましょう。
また、何気なく使っていたオカルトとは何のことか、疑問もわいてくる。
ウキペディアによると、
ラテン語: occulere の過去分詞 occulta(隠されたもの)を語源とする。目で見たり、
触れて感じたりすることのできないことを意味する。
そのような知識の探求とそれによって得られた知識体系は「オカルティズム」と呼ばれている。
ただし、何をもって「オカルト」とするのかについては、時代や論者の立場等により見解が異なる。
この語は、ヨーロッパにおいては、論敵にレッテルを貼るために使われてきた歴史を持つ。
特に、正統派を自認している側から、そうではない側をこの名称で呼ぶことが行われた。
ただし、その正統派が誰なのかという点は時代とともに変遷する。
つまり、ときの人々から賛同を得た説から外れたモノということか。
体制側にとって都合の悪い事々は、オカルトだのエセなどと言って排斥の材料にする。
これはきおつけないといけない。雑誌ムーへのコメントはコレに尽きています。
この雑誌を面白半分に目を通してみると、投稿者のほとんどが10-20代の若者。
そして、ただ今ネットでもお盛んのようですね。
むしろ、ますます盛んになっているのかもしれない・・・。
人は世の中が安定していても、不安定でも、自己迷走を繰り返している。
それでいいのですが、自信を失い「真っ黒な世界」になってはいけません。
蛇足で申し訳ありませんが拙著「窓辺の象」を観てください。ブックマークにあります