盛夏の季節、天候不順のこの頃

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第37回上尾市美協展開催

新講座「水彩&パステル画」高崎カルチャーセンター(無料体験講習会)

2010-01-28 23:00:53 | カルチャー
 新講座「水彩&パステル画」「油絵入門」高崎カルチャーセンター








 (無料体験講習会)
      町田譽曽彦 (まちだよそひこ)
    
       
      





            







   パステル画  町田譽曽彦
 去る2010年1月18日、来る2月1日(月)●第1・3(月曜日)
 会場:高崎カルチャーセンター 「ウニクス高崎店2階」
  
 ?027-361-2411代表 <検索>高崎カルチャーセンター
 ホームページhttp://www.cuiture.gr.jp



         

       

去る2010年1月18日
 JR高崎線上尾駅から40分ほど電車に乗り本庄駅を通過すると上州三山の
赤城山、榛名山、妙義山が雪化粧して迎えてくれました。
高崎駅を降りると赤城山からの上州のカラッ風が肌に冷たく、群馬の冬を想い
出させてくれました。
 しかし、冬の寒さの中でも何故か心温まる気持で高崎カルチャーセンターに
到着できました。


           






 高崎カルチャーセンターの会場に入ると講師の作品が所狭しと飾られていました。
そして、各教室がとても素晴しく立派な施設と感じました。
無料体験の参加者は、10余名でしたが「油絵入門」コースは体験レッスン者全員が
講座入会手続きをされたようです。



           




 当日、体験者のアンケートによると「基礎から学びたい」「絵の具、道具、描き方などの
指導内容がわかり易かった」とのことでした。
 



            




私が今から40年まえから学んできたことを初心者に基礎からアドバイスし伝えていけれ
ばと少年の気持で絵を描いています。
 油絵は、マチエールの美しさはもとよりですが、パステル画もパステルと透明水彩により
描くととても面白いです。
 パステルで描いた上に透明水彩の好きな色をのせると「不思議な絵の世界」に誘われる
この頃です。

 


        


         
       神戸港 透明水彩  町田譽曽彦




     ① 「油絵入門」 10:30~12:30  ●第1・3(月曜日)
      お道具の使い方、油絵の具の特性、描き方の順序など丁寧に分かりやすく指導
      いたします。
      ただ描くのでなく基礎からしっかり学びましょう。




     ② 「水彩&パステル」 13:30~15:30 )●第1・3(月曜日)
       お花や、身近なモチーフを描くことから始めましょう。
       初心者でも安心講座です。

(アルベルト譽)

「 参考まで 」
師 : 故、斎藤三郎先生の略歴
    さいとうさぶろう










1917年
埼玉県熊谷市に生まれる
1940年  
東京物理学校を中退して出征。戦地で画家になることを決意し、多数のデッサンを描く 
1945年
復員
1946年
第33回二科展で「敗戦の自画像」が特待賞受賞
1950年
「信仰の女」で第35回二科展二科賞受賞
1954年
二科会会員に推挙される
1960年
第45回二科展で会員努力賞受賞
1961年
「陽極」で第46回二科展でパリ賞受賞
1969年
第54回二科展青児賞受賞
1972年 
第57回二科展にて、「セビージャの祭」が内閣総理大臣賞を受賞。埼玉県文化賞受賞
1990年
勲四等瑞宝章受賞
1993年 
水彩画展開催(於 名古屋松坂屋)
油絵・水彩画展(於 日動画廊)









<書籍>
『斎藤三郎画集』(日動出版 1983年)
『斎藤三郎水彩画集Ⅰ』(大日本絵画 1988年)
『斎藤三郎水彩画集Ⅱ』(大日本絵画 1993年)
『斎藤三郎水彩画集Ⅲ』(大日本絵画 1994年)

(日動画廊資料より)

新講座「油絵入門」高崎カルチャーセンター(無料体験講習会)

2010-01-21 23:34:02 | カルチャー
  新講座「油絵入門」高崎カルチャーセンター(無料体験講習会)
      町田譽曽彦 (まちだよそひこ)





   パステル画  町田譽曽彦
 去る2010年1月18日、来る2月1日(月)●第1・3(月曜日)
 会場:高崎カルチャーセンター 「ウニクス高崎店2階」
  
 ?027-361-2411代表 <検索>高崎カルチャーセンター
 ホームページhttp://www.cuiture.gr.jp



         

       

去る2010年1月18日
 JR高崎線上尾駅から40分ほど電車に乗り本庄駅を通過すると上州三山の
赤城山、榛名山、妙義山が雪化粧して迎えてくれました。
高崎駅を降りると赤城山からの上州のカラッ風が肌に冷たく、群馬の冬を想い
出させてくれました。
 しかし、冬の寒さの中でも何故か心温まる気持で高崎カルチャーセンターに
到着できました。


           






 高崎カルチャーセンターの会場に入ると講師の作品が所狭しと飾られていました。
そして、各教室がとても素晴しく立派な施設と感じました。
無料体験の参加者は、10余名でしたが「油絵入門」コースは体験レッスン者全員が
講座入会手続きをされたようです。



           




 当日、体験者のアンケートによると「基礎から学びたい」「絵の具、道具、描き方などの
指導内容がわかり易かった」とのことでした。
 



             






私が今から40年まえから学んできたことを初心者に基礎からアドバイスし伝えていけれ
ばと少年の気持で絵を描いています。
 油絵は、マチエールの美しさはもとよりですが、パステル画もパステルと透明水彩により
描くととても面白いです。
 パステルで描いた上に透明水彩の好きな色をのせると「不思議な絵の世界」に誘われる
この頃です。



         


       忍野富士 F6 油彩  町田譽曽彦




     ① 「油絵入門」 10:30~12:30  ●第1・3(月曜日)
      お道具の使い方、油絵の具の特性、描き方の順序など丁寧に分かりやすく指導
      いたします。
      ただ描くのでなく基礎からしっかり学びましょう。




     ② 「水彩&パステル」 13:30~15:30 )●第1・3(月曜日)
       お花や、身近なモチーフを描くことから始めましょう。
       初心者でも安心講座です。

(アルベルト譽)

「 参考まで 」
師 : 故、斎藤三郎先生の略歴
    さいとうさぶろう
1917年
埼玉県熊谷市に生まれる
1940年  
東京物理学校を中退して出征。戦地で画家になることを決意し、多数のデッサンを描く 
1945年
復員
1946年
第33回二科展で「敗戦の自画像」が特待賞受賞
1950年
「信仰の女」で第35回二科展二科賞受賞
1954年
二科会会員に推挙される
1960年
第45回二科展で会員努力賞受賞
1961年
「陽極」で第46回二科展でパリ賞受賞
1969年
第54回二科展青児賞受賞
1972年 
第57回二科展にて、「セビージャの祭」が内閣総理大臣賞を受賞。埼玉県文化賞受賞
1990年
勲四等瑞宝章受賞
1993年 
水彩画展開催(於 名古屋松坂屋)
油絵・水彩画展(於 日動画廊)

<書籍>
『斎藤三郎画集』(日動出版 1983年)
『斎藤三郎水彩画集Ⅰ』(大日本絵画 1988年)
『斎藤三郎水彩画集Ⅱ』(大日本絵画 1993年)
『斎藤三郎水彩画集Ⅲ』(大日本絵画 1994年)

(日動画廊資料より)

明日で阪神・淡路大震災から15年(地震当日からその後について) 

2010-01-16 16:36:47 | 地震
 阪神・淡路大震災から15年になります。震災から暫くの間は、暗い部屋
では体が震えて、、、 死者 6434人。
 震災の体験を同窓生に講演しました。
<中央大学学員会白門43会、第10回総会町田譽曽彦の講演内容>           
                                                  NO.1

 

神戸ポートターミナル 透明水彩 1997.1.16 まちだよそひこ
                     
演題:「いざと言う時の準備」 阪神・淡路大震災での体験をもとに
講師: 町田譽曽彦 
前半 「いざと言う時の準備」(地震当日からその後について)             NO.2



      






● まず、阪神・淡路大震災の当日について。
       1995年1月17日午前5時46分ごろ地震が発生、、、(灘区烏帽子のマンションにて)

● 私の隣が烏帽子中学校、地震後に校庭は、避難所になりました。
1月17日、震災の夜は満月でした。
 家が全部壊れた家族は「命が助かった」と笑顔で会話、、、体育館は霊安室(遺体置き場)に使われました。





 





● 私が住んでいた灘区のマンションの被害状況をお話ししたいと思います。
(冷蔵庫、お風呂、サイドボードなど、、、)冷蔵庫、サイドボードは横転、お風呂の水も地震の縦揺れで半分ほどに           

● 家族のいる埼玉に帰りたくて! 週末は阪神甲子園駅まで歩いて8時間余り。
高崎線の上尾駅改札口では、家族兄弟親戚一同が私を見たら万歳! 万歳!

● 震災後に神戸で水彩画を始めたキッカケは、美しい神戸を沢山絵に描きたくて
(震災後、新神戸駅前の「ホテル神戸」で町田譽曽彦個展を開催しました。)

● 震災後に咲いた恋の花の行方、、、歯医者の受付の女性は今、36才! 







 






後半 「いざという時の準備」項目別                             NO.3
1.大地震が発生したらまず家族への連絡確認がいちばん大切です。
その時、公衆電話ではテレフォンカードは使えませんでした。10円玉なら繋がりました。
神戸から東京・埼玉に電話はかかりましたが、地方からは中々つながらなかったようです。(電話局で操作)
又、自動販売機は使えず、缶ジュースなどは購入できません。震災時には、携帯電話と携帯ラジオが大変便利で役に立ちます。

 
2.新築40年以上の古い家は、屋根瓦の重みに耐え切れず瞬時につぶれて住んでいた人は即死!
地震の縦揺れ横揺れなどの種類にもよりますが、山側より海側の被害が大きかったです。5階建て以上の大きなマンションは2階から3階にかけての被害が非常に大きかったです。安全を求めるのならばその階を、、、













新神戸布引ハーブ園にて 透明水彩 1998.8.23 町田譽曽彦



3.大震災後は、道路が地割れと壊れた家屋が道路にはみ出し自動車の通行は殆ど無理になります。
オートバイと自転車が大変便利で利用されていました。 
鉄道が不通になり街に車が、、、交通渋滞で自動車は動けず。

                                                    NO.4
4.親友と思っていた人が震災時にあまり当てにならず、あまりよく知らない人から救援の物資と心のサポートが多くありました。
きっと、神戸が震災でそんなに大変な状況とは考えていなかったようです。心の優しさと思いやりの大切さを強く感じました。とにかく、困っている人に手を差し伸べてあげることを改めて教えられました。






 





5.大震災の夜のこと避難所の校庭は、家が全部燃えてしまった人や全壊の人達はみな笑顔で話をしていました。その反面、家が少し壊れたとか家から物を取り出し忘れた人などは気持ちが沈んでいました。
命が助かったと喜んでいた笑顔の家族がとても印象的でした。
一番大切なものは人の命、、、人は、お金や物を沢山に持つとどうしても財産に執着してしまい“心の豊かさ”が貧しくなるような気がします。(震災後、特に感じた事は物への欲望と心のバランスが大切のよう思いました。)

6.お風呂の水は栓を抜かないで、夜流さずに翌日まで残すようにすること
です。
震災後に洗濯、掃除、トイレの水などに有効利用できます。又、日頃からポリタンクに水を入れ、飲み水として準備しておく事も大切です。
洗濯は、川でする人と自宅で給水車の水を使い洗濯そして、その水をトイレの用水として再利用しました。
                                                   NO.5
7.地震で壊れてしまうような大切な物は箪笥やサイドボードの上に置かないようにすると良い。又、家具が倒れないように針金などで固定するのも一考です。そして、安全な寝かた布団の敷き方は、、、
震災から自分の身を守る寝かた布団の敷き方は、背を壁にする。そして、布団の隣に箪笥やサイドボードなど倒れる恐れのある物を置かない事です。頭上に蛍光灯や電球などの障害物が来ないようにする。

8.震災時には、自動車の鍵は特に注意してかけておくことが大切です。とくに貴重品はご注意を、、、
(神戸の震災時には車の盗難が頻繁に起りました。会社の仲間が盗難に遭いました)

9.食器は、“ラーメン”どんぶりと箸があればとりあえず不自由しませんでした。余分の器や普段使わない物が意外と家に多くあることに気が付きました。






 






10.震災後、冬の寒い中で冷たい弁当、40日間 ! 暖かいご飯と味噌汁が食べたくて、、、会社の昼食は40日くらい大阪から仕出し弁当とインスタントの味噌汁でした。
ガスコンロとガスボンベ

                                                NO.6 
11.仮設のトイレでの生活、マンションの前の庭が共同仮設トイレとなりました。
(ブルーテントは、震災後の仮設住宅を思い出します。)
昼の仮設トイレは良いですが夜に部屋から行くのは怖く抵抗がありました。
東京でブルーのシートを見ると震災後の仮設住宅と壊れた屋根・避難生活者の姿が目に浮かびます。上野公園に行くとホームレスのブルーのテントが目に付きます。

12.路上には救援物資の衣類・食器・ジャンバー・セーターなどがむしろの上に、、、
震災時は水や食糧がほんとうに深刻でした。震災後の街の状況を見て○○本部、  ○○組などもテントを張って物資を無料配布。市民へのボランテア活動参加を積極的にやっていた風景が、、、

13.名古屋から2人の学生さんが夜に自動車で沢山の“むすびをトランク”に入れボランテア活動! 私が街に水を汲みに行く途中、道路で学生さんが声を、、、
私は“むすび2個”もらい、あとは烏帽子中学の避難所に行く事をお願いしました。

14.余震が続き恐怖感が増幅し夜になると部屋は暗くて、、、今でも、部屋が暗いと震災を思い出し怖くなり部屋の蛍光灯を全部つけて明るくしてしまいます。
お風呂は1ヶ月で2回“余震が続く暗い部屋での30日間、”水とトイレと連絡手段“郵便物はすべて郵便局止まりでした。
飲み水は、消防車が街を巡回し1日1回ポリバケツかポリタンクで貰う事が出来ました。その時も被災者はいつも長い行列を作って飲料水をもらいました。                                          





 





      
郵便物は局止まり。郵便局の職員の数も限られおり又、地震で家は壊れ燃えてなくなっていました。自宅への郵便物の配達はありませんでした。家族から送られた菓子パン、ジュース、ぺットボトルなど届きませんでした。

15.私への救援物資は、携帯ラジオ.ガスコンロ(ガスボンベ)・ビタミン等の栄養剤・ミネラルウオーター・手袋・下着・靴下・靴(底が厚いゴム)・ウエットティシュ・タオルなどと心のこもった手紙でした。

                                                  NO.7
16.救援隊が救助犬をつれて灘区に最初に来たのが地震発生から3日目でした、すでにつぶれた家の住人は死んでいたかも知れません。、、、
日本政府が海外からのボランテアに対して、受け入れ態勢が出来ておらず。「整備が不十分」だった、、、


17.地震後、2日で灘区のJR六甲道駅付近は家が90%全焼してしまい焼け野原となってしまいました。「父、この地に眠る!」「母この下に眠る、掘り起こしに注意!」の墓標がいたる所に見られました。










神戸オリエンタルホテルより六甲の山並み




18.六甲の山並みと神戸港の美しさは地震の前と変わらず、しかし地震で壊れた街と自然の美しさが対照的に脳裏に残りました。 “国に敗れて山河あり”
今から80年ほど前の1923年、関東大震災の時が神戸のような被災状況だったかも知れないと思いました。灘区六甲道付近は、家が殆ど焼失して焼け野原、、、
墓標があちこちに立ちならんでおりどのように表現したら良いか迷いました。
『この下で父が眠る、、、掘り起こしに注意!』何も無いこと、病気で無いこと、普通の生活が出来る事が一番幸せと思い感謝しています。          
                                                   NO.8   
19.震災後、神戸では途切れることなく救急車・消防車そして、警察のサイレンが続いていました。東京でサイレンの音を聞くと神戸の震災をすぐ思い出します。
震災後、ビルや家屋の取り壊しで粉塵が街に、、、外出には、防塵マスクが必要です。                          

20.大地震を想定して、いろんな大切なデータのバックアップの再点検が必要です。













21.震災後、3ヶ月経ってやっと灘区の全壊マンションからライフライン完備の新神戸駅前マンションに移ることが出来ました。
とにかく、ライフラインが確保できればどこでも良いと思って自分で探しました。しかし、その部屋は窓が少なくその上に北西向きの窓で太陽光線は殆ど入らずマンションでした。お釈迦様か遺体の霊安室によい環境でしたが、、、










 アジ   透明水彩  町田誉曽彦






22.心の持ち方で人生楽しくも生きられる事を教えてくれました。
陽当りが悪いマンションでしたが、すぐ前が新幹線の新神戸駅で交通の便がすごく良く又、近くに神戸北野異人館があり写生するにはとても良い所でした。
しかし、その事よりも「水、電気ガス、風呂」などが確保できればと満足しました。自分で納得して入居し東京に戻るまでの約3年間住んでしまいました。












世の中は表と裏があり、人間は長所と短所があるものです。窓が「西と北向きのマンション」で環境が悪かったですが“不満はなく感謝の気持ちで毎日を”暮らして来ました。上をみたら切りがなしです。人の欲は果てしないものです。
人間は心の持ち方で人生を楽しくも生きられる事を震災が教えてくれました。
これからも震災の体験を風化させずに、語りつぎ生きて行きたいと考えています。
                                                 







新神戸ポートターミナル(北公園にて)水彩 1997.10.19 まちだよそひこ

まちだよそひこ メール: yosohiko@jade.plala.or.jp  
アート町田譽曽彦の世界HP http://pub.ne.jp/yosohiko/


①町田譽曽彦の世界公式サイトはこちらから

②群馬県立伊勢崎商業首都圏同窓会広瀬会サイトはこちらから

③Le Rond-Point  「ル・ロンポワン」東京・広尾 (フランス料理の
お店)サイトはこちらから














(アルベルト譽)












園児・児童の特選作品、平成21年~平成22年新年(富士小・中央小)

2010-01-15 22:40:50 | 上尾洋画研究所
2009年~2010年新年までの上尾洋画研究所絵画教室
園児・児童部門の絵画「特選」作品をご紹介します。



       


 (上尾市立中央小)


     




      (幼稚園、まもなく中央小ぴかぴか1年生)







     

     (上尾市立富士見小)



















     

       (上尾市立中央小)



     

          (上尾市立中央小)




      

            (上尾市立中央小)





       



             (上尾市立中央小)



<作品>
   ① <お正月  リノちゃん 2010/1/15>
  ② <寅 ガーオー カノちゃん2010/1/15>
   ③ サンタがやってくる ちはるちゃん2009/12/12 >
   ④ <お正月 モモカちゃん 2010/1/15>
   ⑤ <河野亜淑ちゃん 2010/1/16>
   ⑥ <笠井美帆ちゃん2010/1/16>
   ⑦ <笠井千広ちゃん 2010/1/16>



     

      (はねつき 油絵 色紙画)



まちだよそひこ メール: yosohiko@jade.plala.or.jp  
アート町田譽曽彦の世界HP http://pub.ne.jp/yosohiko/


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③Le Rond-Point  「ル・ロンポワン」東京・広尾 (フランス料理の
お店)サイトはこちらから


(アルベルト譽)








平成22年上尾市美術家協会新年会が盛大に開催される

2010-01-09 05:39:32 | 上尾市美術家協会
 平成22年の上尾市美術家協会新年会が多数ご来賓出席のもと
 盛大に開催されました。
日 時:2010年1月8日(金)18:00~20:00
会 場:東武バンケットホール上尾
主 催:上尾市美術家協会
「日本画 洋画 立体造形 書 写真」6部門の会員68名、
ご来賓11名、合計79名にて盛大に開催される。




<会場風景>2010.1.8



 総合司会(事務局長)   林部徳司
       (書 記)平野民子、田辺弥生
       (会 計)池田正美、益子早苗
①開会のことば 上尾市美術家協会副会長 町田譽曽彦
②主催者挨拶  上尾市美術家協会会長  赤熊玉蓉



  < 赤熊玉蓉会長挨拶>
         
③ご来賓挨拶







            <岡野栄二教育長祝辞>


  (1)上尾市長(副市長)         島村 穣 様
  (2)埼玉県議会議員           島田正一 様
  (3)上尾市議会議員          平野住洋 様
  (4)上尾市教育委員会教育長     岡野栄二 様
  (5)市議会文教経済常任委員長   鴨田幸子 様









④ご来賓紹介
  ・ 埼玉県議会議員            畠山 稔 様
・市教育委員会教育総務部部長      松本貴吉 様
・市教育委員会教育総務部次長      宮永義則 様
・市教育委員会副参事兼生涯学習課長 小川賢治 様
・市教育委員会生涯学習課主席主幹   岡野 博 様
・市教育委員会生涯学習課主幹     赤石光資 様
⑤乾杯
・上尾市市教育委員会教育総務部部長 松本貴吉 様








⑥懇親会
◎進行第3部    (立体造形委員) 佐野和義
    〃      (立体造形委員) 宮本慈慶
*特別抽選会 会長、副会長の賞品(自作品等)の抽選贈呈
*余興(希望者 カラオケ)
◎ 締め 第1の締め  第5部(書)   桑原明蘭
      第2の締め  第1部(日本画) 戸塚和郎
⑦閉会のことば 上尾市美術家協会副会長  川瀬優一





ご来賓の挨拶のなかで特に、埼玉県議会議員島田正一様の
お話がとても印象にのこりました。

            


         <島田正一県議会議員祝辞>

        <長生きの3つの条件、、、>
①1日5分の読み書きをする②地域活動をする③考えながらする
「趣味」をもつ、特に手を動かすことが良いとのこと(絵を描いたり、
陶芸、書など)、会場のみなさんがメモを取る姿も多く見られました。
(年齢のせいかも知れませんが、、、)




まちだよそひこ メール: yosohiko@jade.plala.or.jp  
アート町田譽曽彦の世界HP http://pub.ne.jp/yosohiko/


①町田譽曽彦の世界公式サイトはこちらから

②群馬県立伊勢崎商業首都圏同窓会広瀬会サイトはこちらから

③Le Rond-Point  「ル・ロンポワン」東京・広尾 (フランス料理の
お店)サイトはこちらから




















(アルベルト譽)