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accosのつらつら日記

【詩】挨拶 / 吉野弘

2016年02月17日 | 


同じ職場に十年一緒の同僚
これから先
三十年
一緒にいるだろう同僚


にがいパンを購うために
ひとつところに集ってきた
せわしく淋しい蟻たちのような


いつも
視線をまじえない
お早う


いつも
足早に追い越してゆく
さよなら



そうして
時に

こらえきれない吐息のような
挨拶




なにか面白いことは
ありませんか

面白いことは





誰も苦しみをかくしている

誰も互いの苦しみに手を触れようとせず

誰も互いの苦しみに手を貸そうとしない


そうして
時に
苦しみが寄り合おうとする





なにか

なにか面白いことは
ありませんか





面白い話が尽きて

一人去り

二人去り

最後に
話し手だけが黙って
ストーブに残っていたりする



労働組合の総会で議長をやったとき

発言の少いのに腹を立てて
みんなを一層黙らせたことがあった


あの時も淋しかった


言葉不足な苦しみたちが黙っていたのだ



ひとの前では言えないことで頭がいっぱいだったのだ


― そいつをなんとか話し合おう ―

と若い議長がいきりたったのだ

あのとき





不器用な苦しみたちは
いつも黙っている

でなければ
しゃべっている


なんとか自分で笑おうとしている
ひとを笑わそうとしている


そうして

どこにも笑いはない

そうして




なにか面白いことは
ありませんか





パチンコに走る指たちを責めるな


麻雀を囲む膝たちを責めるな


水のない多忙な苦役の谷間に
われを忘れようとする苦しみたちをも
責めるな




これら
苦しみたちの洩らす
吐息のような挨拶を責めるな



それら
どこからともなく洩れてくる
挨拶




なにか面白いことは
ありませんか












― 吉野弘詩集より
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