読書の森

自由への遁走 その3



加奈子は殆ど子どもに興味が無かった。
どんどんお腹の大きい妊婦姿になるのに恐怖感を持った。

妊娠してから、遊び歩いたのはその現実を忘れたかったからだ。
能天気にいつまでも若い自分を見せたかった。
いい男の斎藤がチヤホヤしてくれるのを楽しんでいただけである。

結果的に彼女の思い通りお腹の膨らみは消失した。
しかし、二度と子を生めない身体になって、さすがにしょんぼりして神妙な妻に戻った。

朝田にとってこれほど価値観の違う女はいなかった。
そして、彼は身近にいるごく平凡な女こそ自分にふさわしいと思う様になった。



同じ課のベテラン社員富田さゆりは朝田を慕っていた。

それに気付いたのは、ある年の忘年会だった。
たまたま相席になって、二人共に酔いが回った時
「課長は本当に実のある方です。
心から信じられると思ってるんです」
と頬を染めたさゆりが囁いたのだった。

彼は感激した。
女から告白されたのは初めてだった。
その時のさゆりは日頃の無愛想な表情は捨てていた。
よく見ると、小作りな顔立ちも身体つきも整って可愛げだった。

お互いの携帯でメールのやり取りをする仲になった。
朝田は青春が戻ってきた様なワクワクした気分になってきた。

ところが、ある日突然さゆりからのメールが途切れた。
社内で会っても硬い表情になっている。
朝田はひどく寂しい気持ちだ。

彼はこっそりさゆりを呼び出した。
初め、さゆりは黙りこくっていたがやがて重い口を開いた。

「奥さん、隠れて課長と私のメール読んでたそうです。
お休みの日に、奥さんがつけてきて、凄い事怒りました。
そして、課内で噂立てたのも奥さんの差し金です。
課長を誘惑し損なった女って、白い目で見られてるんです」
今まで泣き顔を見せた事のないさゆりがボロボロと涙をこぼした。

朝田は愕然とした。
さゆりが不憫である。可哀想な事をしたと浮かれた気分を心から反省した。

それより、下手をしたら課長が部下に手を出したと、思われかねない噂である。
彼の立場なんかまるきり考えていないバカな妻への憎しみがムラムラ湧いた。

「加奈子みたいな女、殺してやりたい!」

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