読書の森

ツツジ咲く街 その7



多美が友人と関西旅行に行くと夫に告げた時、史哉はいつもの鷹揚な態度をとってくれなかった。

夫婦の旅行と言えば一年に一回、近場の温泉に行くだけである。
高めの血圧を気にして、史哉は遊びに全力投球する事が無かった。
常にベストコンディションで学問に取り組んでいた。
そういう意味でもつまらない男だと言える。

その代わり妻が仕事を持つ事も、友人と遊ぶ事も寛大な目で見ている。
ところが今回は目を背けて呟いたのだ。
「僕は君がいつも自由に振舞ってくれるのを望んでた。
そういう気持ちが愛情だと思ってたんだが」

「いつも勝手ばかりでごめんなさい。じゃあ、旅行はいけませんか?」

史哉は首を横に振った。
「ただし、今回はスマホのGPS機能をオンにしておいてくれるか」

多美は青くなった。
まるで不倫を見透かされた様な気持ちになった。



旅行の前に、多美は自分名義の定期を一部解約した。
100万円はその金である。
この100万円は新しい生活を始める資金に当てるつもりだった。

又、たった一人の残った肉親、豊中市に住む姉のあさ美に懇願した。
あさ美と多美は12歳年が離れている。
多美は遅く出来た末っ子で、姉は母の様に多美を可愛がる。

あさ美の婚家は裕福でマンション経営も手がける。
この豊中のマンションを安く貸してもらえないかと頼んだのだ。

別の計画とは即ち夫との別居である。
姉の手伝いを名目に離れてみよう。
自分一人で生きられるか試してみたい。

杏子の故郷であり、その兄の住んだ街で暮らしてみたい。
いささかというより大いに身勝手な計画を姉は真っ正面から叱った。
そして古風にも筆で書いた手紙を送りつけてきた。

「結婚が気に入らなきゃ別れればいいと安易に考えるあなたは人間の屑です」

その文面を見た途端に多美の心は萎えた。

そして、あさ美はきっと夫にも連絡したのだろう。

多美はぼんやりと外の景色を見ていた。
10日前に、プリンスペペで生き生きとおしゃべりしたのが遠い昔の事に思える。

ちょとした冒険のつもりではなく、本気で自活を考えていたのに甘かった。
隣席の杏子の顔色も冴えない。
事情も思いやらずに杏子を誘ったのを反省した。

何故か空の色に薄いグレーがかかった気がした。

読んでいただき心から感謝です。ポツンと押してもらえばもっと感謝です❣️

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