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読書の森

千代 その4

早朝の地震の揺れが酷くて、怖かったですよね。
被害に遭われた方々に心からお見舞い申し上げます。これ以上の揺れが起こりませんように祈ります。


物語を続けます。

千代の死因は溺死、屋敷近くの流れの速い河に入水自殺をしたと言う。

「袂にいっぱい小石を詰めて、着物の腰を紐で縛って覚悟の自殺だったらしいわよ」
と敏恵は芝居がかった表情になった。
「へええ、寝巻きじゃなかったのね。
でも精神病できちんと用意して死ねるのかしら?それに流れの速い河なんでしょう、当然流された後死体が見つかれば石も紐も取れて見つから無いと思うけど」
「真由は理屈ばかり言って、、。まあ、つまりそう言う話ですよ。ともかく昔のことよ」
不機嫌そうに口を噤んで、敏恵は何もなかったようにさっさと片付け物を始めた。

真由も、気を取り直して机に向かった。家内のゴタゴタは深刻なものがあって大学進学どころではないが、千代の話を聞いて吹っ切れた。
「どんなに愛されようがどんなに頭が良かろうが、死んだらお終いだ、生きて明日があるだけ儲け物だ」と極めて現実的な思いがあったからだ。

そして半年後、真由の両親は離婚し、敏恵の借金負担は無くなった。順序は逆だが、智は破産宣告を受けて、市営住宅に移った。
真由は父方の籍はそのままで、形の上では敏恵と同居する道を選んだ。
もし自分が母方に移れば、智は自殺してしまうのではないか?と言う懸念があったからである。

しばらく後、保険の外交員となった敏恵はイキイキと働くようになった。
おばたちは、河村家のたった一人の跡取りである真由の大学進学の為、それなりの金銭的援助をしてくれ、二年後真由は無事第一希望の大学入学を果たす事が出来た。

智はいたく喜び、入学式について行きたい、と連絡してきた。
「ありがとう。でも困る。私お母さんにもお父さんにも一緒についてきてもらいたくないの」
「何言ってるんだ!これは一生に一度の儀式だ。親がついて行くのが当たり前じゃないか」
電話の父の声はひどく弱々しくて、真由の心が揺らいだ。
「私、アルバイトでも何でもしてこれから自活していきたい!それが夢なんです」
「何言うんだ。お前の気持ちはさっぱりわからない、、」語尾が途絶え、電話が切られた。

寂寥感が真由を襲った。
「かわいそうなお父さん、でも私の主義を変えられない」
当然母も反対するだろう。
ただ最近の母は一段と若く綺麗になって、以前よりずっと真由に干渉してくる事がない。
どうも好きな人ができたらしい。度々私用の携帯に電話がかかってくるようだった。未だ40代の母に恋人ができても当然である。母の方は簡単に断れる、と真由は思う。

精神的にも経済的にも1日も早く独立したい、と真由が思うようになった直接のきっかけは、父の破産だが、もう一つ大きな理由がある。
それが千代の哀しい自殺である。

真由にとって千代が精神病だったかどうか以上に、男の為に振り回される女の生き方の惨めさの方が気になった。
心の病いなど一定の割合で起きるもので、その発症の要因は遺伝だけではないだろう。
千代の自死の最大の要因は当時の男性と女性との力関係によるのではないか、建物だけでも男女平等の世の中だ、私は絶対自立してみせる、真由は青っぽい思いにかられていた。

真由が一人暮らしを始めた女子アパートの庭に桜の大木があった。
入学したばかりの4月の終わり、夜半2階の窓を真由が開けると黒々とした葉桜の姿がまるで巨人のように見えた。
風の香りが妙に生臭く感じる。

その風に乗って微かな女性の囁きが聞こえたようだった。
「私おかしくなっちゃったのかしら」
首を振って彼女は窓を閉めて、そして愕然とした。ベッドの横に薄い女性の影が見えるのだ。
思わず退いた真由に、女の影が声を出した。
「真由さん驚かないで。私は千代なんです。
あなたの伯母の千代です」
「じゃあ幽霊、、さん?!」



女は静かに答えた。
「そう言えますわね」
そしてベッドのそばのスツールに静かに腰をかけた。
どうやらこの幽霊は脚もあるらしい。

「な 何で 私なんかの所にいらしたんですか?恨みなんかないでしょう」
「勿論可愛い姪に恨みなど無いわよ。
あなたにとって迷惑千万なのはよく分かってますよ」
「じゃあ。どうしてよ?」
「嫌でしょうが、あなたが私にそっくりの性格みたいだからです。一直線で思い込みが強い割に純情過ぎて、危うい」

ムッとして真由が答えた。
「そんな事、人に言われる筋合いないわ」

「ごめんなさいね。親戚と言えども人を決めつけるもんじゃないわよね。
もっと大きな理由は、私が死の真相を一人暮らしを始めたあなたに話したかったからなんです」
「真相?ひょっとして千代さん自殺じゃないの?
他殺?じゃあ犯人はご主人の弟?泰さん、、?」


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