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読書の森

千代 その3

時田家で暮らすのは、当主の正、その息子の陽造と泰の兄弟の他は全て使用人だった。つまり、姑や小姑がいなかった。

陽造と泰の母親は気鬱つの病いにかかって、信州の実家で保養の身だった。
陽造は心身共に健康で活動的にも関わらず、泰は実母に似て非常に人見知りする質で閉じこもりがちの男だった。そのくせ二人の外見は見間違えるほどよく似ていた。

そこまで敏恵は話して一息ついた。
「なんだか話疲れちゃった。続きは明日」
「なんでよ。肝心な事聞いてないわ」
「?」
「だから、千代伯母さんはどうしてその後直ぐに死んじゃったの?」

「だから、気がおかしくなって」
「気がおかしくなって!どうして?」
「もともとそう言う人だから思い切った事したんじゃない」
「そんなの理由にならないわ。継母にいじめられて腹違いのお姉さんにいじめられて、まるでシンデレラじゃない。追い詰められて思い切った事したんだわ」

「そんなに感情に走らないでよ。結局その弟さんの泰がネチネチ虐めたんだって。お舅さんと夫や使用人は商売に精を出しているでしょう。家の中には、泰さんと千代さんしかいない。千代さんは噂が止むまでじっと我慢してる訳。その一挙手一投足を泰さんが見ているんだそうよ」
「辛かったでしょうね。ノイローゼじゃないの」


「だから」敏恵は声を落とした。
「精神病はおばあちゃんが言い出したらのよ。おばあちゃんにしてみれば反抗ばかりしてる千代さんが憎かったと思う。
千代さんの後ろに楚々たる美人の先妻さんがいるようで目障りだったのね。
それで先妻の血筋が精神病だったと言いたかったんじゃない?」
「でも、おじいちゃんの方に病気の遺伝子がある可能性もある」
「それはないわね。おじいちゃんは現実的な人だった。千代さんの死後、酒造りを小規模にして地元の農産物を直接東京に売り込む仕事を始めた、多分悲劇を忘れたいからじゃない。それが戦後食品チエーンに発展するきっかけを作ったの。ともかくエネルギッシュな人だった」
「、、、」
「ただ、千代さんの話題は河村家ではタブーになったのよ。皆自分の家からそんな忌まわしい病気が出たと思われたくないから」

真由の心はひどく波立った。
辛い精神状態だった千代の立場が想像出来たからである。
「千代さんはどうして逃げなかったのだろう。もう実家に戻れなかったのだろうな。
せめて陽造さんに話して相談すればよかったのに」

娘の心を読んだように敏恵は言った。
「千代さんは陽造さんに何回も死にたい、私なんか生きてる価値がない、と訴えたんだって。
陽造さんは大変困ったそうよ。
夜が更けるとこっそり何処かへ飛び出そうとするから、布団に入る時、お互いの手首を紅い紐で結び合って眠ったんだって」
「、、、」
今度は「ロマンチックね」と言いかねて真由はただ黙って聞いていた。

「だけどある夜更け、それはシトシト雨が降る9月の半ば過ぎだったそうだけど、千代さんは陽造さんが熟睡してるのを見計らって紅い紐を解いて外に飛び出そしたんだって」
「寝巻きのままで!?」
「それは知らないけど」

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