剱岳(2,999m) (つづき)
剣山荘からほぼ4時間かかって、朝9時ちょうどに剱岳の山頂に辿り着きました。登山は登頂だけでなく、下山して帰るまでが登山だと言われても、この時だけは下山のことを忘れて喜びたいと思いました。無事に登頂できて、ほっとしました。登山ではどんな時にほっとするものでしょうか?今日は山頂に着くまで、その場に立って足が動かなくなるような、怖気づく岩場が出てきたらどうしようかとずっと思っていましたが、そんな岩場は最後まで遂に現れなかったことに安堵したのです。
「~ 頂上は意外に広々とした岩石の丘だった。大小無数の岩石が重なり合いながら、絶頂に向ってゆるい傾斜を作っていた。生田はしばらく、その場に立ち尽して、地形を観察していたが、荒れた呼吸が落ちつくと、黙って絶頂を指し示した。四人は並んで歩いた。順番はなく、殆んど同時に絶頂の岩石の上に立った。
そこは日本中の山が一望のもとに見えるほど高いところに思われた。遮るものはなに一つとして無かった。どの方向もすばらしい景観にあふれ、区々としては目を牽くものはなく、弾き返すような勢いで全体として迫っていた。なにか、壮大な景観に圧倒されて眩暈がしそうに思われた。 ~」
(新田次郎『劔岳<点の記>』(文春文庫))
『点の記』の剱岳登頂の描写は印象に残っていましたが、登頂後に改めて読み返すと、迫真力のある素晴らしい文章だと思いました。
この後彼らは山頂で、「赤錆びた長さ八寸ほどの剣の穂先を発見」するのです。「壮大な景観に圧倒」されてから間もなく、想像もしなかったものを発見したときの彼らの驚きは、いかばかりであったかと思います。
この日は、自分たちが登った時には、二十人を超える人たちが山頂で憩っていました。
霧が濃く、遠くの山は全く分かりませんでしたが、その霧が少し取れてくると、驚きました。山頂に至る尾根伝いの登山道が見えたからです。本当にあんなところを登ってきたのかと思いました。山頂にいて、最も圧倒されたものがこれでした。
下山は、まず有名な「カニのよこばい」を通らなければなりません。上から見下ろしただけでは、どこに道が付いているのか全く分かりませんが、手探りならぬ「足探り」で探すと、ちゃんと両足を置ける場所がありました。この後のルートは、「たてばい」と違って、歩くべき場所は一通りに定まるように思いました。
天気が次第に良くなってきました。平蔵谷の雪渓もその全貌を現しました。
ちょうどこちらに向けて、登ってきている人達が2人います。
傾斜はとても急で、見下ろすと恐ろしさを覚えます。雪渓がカーブを描いているのは、まるで虹を上下逆にしたような自然な丸さです。
カニのたてばいに取り付こうとする人たちが見えます。天気がどんどん良くなってきて、これから登る人がうらやましい感じがしますが、自分たちの登る時には周りが霧に覆われていたので、かえって怖さを感じずに済んだとも思います。
平蔵谷の雪渓はずっと下まで続いていました。
(登頂:2018年8月上旬) (つづく)