聞いた話。
おばぁちゃんに向かって孫が『死ね!』と吐いた。
大学受験のイラ付きの時。
おばぁちゃんの情けなさは孫の言葉より他にもあった。
『まわりに居たふた親が何も言わないで、笑っていた。』
常日頃、祖母が邪険にされているのをこの子は見て育ったのだろうか?
何も言ってくれないひとりは我が子なのだ。
情けなさは二乗される。
大学3年の今、この子は就職戦線の入り口で怯えている。
同級生が活動を始める時期、世の中に出る事、
就職試験で自分が選別を受ける事を
おそれて固まってしまった。
家を離れて暮らす彼から母親に泣きじゃくって電話があったそうだ。
大事に大事に、
他の人への思いやりを教えられず、
我が身の可愛さを撫でられて育った子。
成績偏重で育った子。
人に勝った時にだけほめられた子。
この母親は
ケンカして泣いて帰った時には
『泣いて帰るな。殴り返して来い。』
スポーツクラブで怪我をした時には
『監督の責任だ。ただじゃおかない!』
彼は大学受験の時もプレッシャーに押しつぶされて荒れていた。
結局、センター試験当日は下痢嘔吐に悩まされたが、
本来の成績より偏差値が下がった学校に入学を決めた。
その時、吐いたのが、
『おばぁちゃんは死ね!』
私はその話を聞いた時に、今のこの状況が浮かんでしまった。
今、母親がその子のところにすっ飛んでいったから、
家事に忙しいと語りながら、
母親に託された伝言の話はちゃんと入っていた。
『死ねと言ったこと、おばぁちゃんにごめんなさいと言って。』
良い大学に入ってくれさえすれば、
我が子のピリピリだけしか見えない親の方は、
そんな出来事が有った事すら記憶していないそうだ。
その子は自分で吐いた言葉を3年も覚えていて、
自分でキズ付いていたのだ。
『ごめんなさい』の心境に救いの光が見える。
これから本当に生きることを学習できそうだ。
おばぁちゃんの孫はいい子だよ。
ひとを傷つけるというのは、そのときは表面的には傷つけられた人が傷つきますが、時間がたつと、きっと傷つけた人のほうが後悔が大きくて自責感に責められるのでしょうね。
わたしも傷つけたら反省と改めを、傷つけられたら許す心を
練習練習です。
同感です。
真剣に子育てをすることを、許されています。
息子も、「死ね!」と、友人に言われたことにより、その言葉の重みを知ったようです。でも、違う言葉で、同じような攻撃をしてしまう自分に、ある時気付き、『そう思ってしまう心』が、問題であることを、ゆっくりと語り合いました。
大事なのは人間性。
そこを、指摘し、気付きを与え、更に、のばしてあげる保護者でいたいです。