ご無沙汰しております。暑くて仕方がなかった8月が過ぎ、9月もすでに一週間以上経ちました。この夏はとても暑く、長い夏でした。先週は認定調査の方が区役所からいらっしゃって、変わらず要介護5と判断されました。
さらに先週、施設から「ターミナルケアについて話し合いをしましょう」と提案されました。医師、看護師、ケアマネ(ケアマネージャー)、家族(母と私)で話し合いが行われることになりました。
ターミナルケアと聞いた途端、急に「死」が現実味を増し、ショックを受けました。まだ生きているにもかかわらず、祖母が死んでしまうことを考えると、寂しくて仕方ありません。それから、私は看取ったことがないので、とてつもなく不安です。
祖母は、8月下旬ころから今までよりも呼吸が苦しそうになりました。常にしんどそうです。私は6月にリットマンの聴診器を買って、肺と心臓、腸の音を聴いています。素人ながら肺の雑音が大きくなったと思います。
自然の摂理で誰もが死を迎えます。頭では十分わかっています。でも、大好きな祖母が天国に行く日が近いことを想像してしまうと、自然と涙が流れます。どうしようもなく、寂しい。一分一秒でも長く祖母といたい。そんな感じです。
日程が決まったターミナルケアの話し合い、重いです。「必ず行わなければならないのかな?」と素朴な質問でもあるので聞いてみようとも思います。ひとつ言えるのは、私は誰よりも祖母の介護に時間をあてて、容態が良い時も悪い時も側にいました。だから、その話し合いでも伝えたいことは、ひとつだけ。すでに伝えることは決めています。