日記も気ままに

JULIEというフィクション、澤田研二というノンフィクション。
フィクションには裏打ちされたノンフィクションがある。

佐野洋子「死ぬ気まんまん」

2014-10-27 | 【さ】行
2011年6月25日 初版  ㈱光文社

佐野さんのエッセイは、お母様のことを書かれた「シズコさん」以来2冊目。
 
この本、買ってからどれくらいか、、ずっと読めずにいた。
母や兄が亡くなったことや体調不良があったりして、死がやたらと近い所にあったので、
タイトルだけを見るとなかなか読む元気が出てこなかった。
それに、買ったんだしいつでも読めるし、と思っていたので結局今頃になった。


さて、何からかこうかな、、。

佐野さんは、
お芝居「DORA」の原作「百万回生きたねこ」や
この本がジュリーの誕生日に発売されていて、
本の中にジュリーのことが書かれている。
ということもあってジュリーファンの間では有名なのよね、、。


となるとやっぱり、ジュリーの箇所は貴重でしょう。

佐野さんは、退廃的で美しく歌のうまいジュリーが好きで、お子さんを誰かにあずけてコンサートに行かれた。
そのときのジュリーは、

半裸になって、うすものだが、駝鳥の羽根だかをまきつけて、
会場中に色気をぶちまけて、身をくねらして歌っていた。


のだそうだ。
そして、

ジュリーのような退廃的なムードを持っている人はいないし、あんなに歌がうまい人もいない。
同じ時代に行き合わせて良かった

と書かれている。

「悪魔のようなあいつ」や「太陽を盗んだ男」も見られてすっかり胸がときめいたと。

そして、次に書いてあることがおかしかった。

今のジュリーも好きである。なりふりかまわず食いまくっているようにデブになった。
デブになっても平然としているところが、人間が大きい。
〇ひ〇みが、懸命に昔の体形を保とうとしているのはセコイ根性で、人間が小さいと思う。
ジュリーの退廃的な美しさはもう出現しないのであろうか。



ジュリーの還暦コンサートへも行かれている。
痛いのが我慢できなくなったら会場を出るつもりをしていらっしゃったようだけど、
ジュリーが、5時間81曲を歌い切ったのを見届けられたのだ。

ジュリーは60歳だったが、そして肥えて、昔の退廃的美青年ではなくなっていたけど、
始めから終わりまで81曲をおとろえない声で歌った。
プロだなあ。感動した。そして、素晴らしく幸せだった。


この後にも重ねて、
高齢のおばさんばかりなのにと前置きして、

力のかぎりを尽くしてくれる。生きていてよかったなあ。今、思い出しても幸せである。 と。


佐野さんはほんとにジュリーが大好きだったのね。

ジュリーは、「DORA」を公演する話がきたとき「百万回生きたねこ」を読んで感動した。
と、どこかで読んだように記憶しているのだけど、きっとジュリーも佐野さんのファンだったと思うわ。


ああ、、ジュリーのことばかり書いてしまった。

佐野さんのがん治療にもあたられた平井達夫先生と癌についての対談も掲載されている。
それから、ホスピスでの看護婦さんとの会話。
さらりと重く興味深い。

どのページだったか忘れたけど、
「癌よりうつの時の方が辛かった」というのが印象的だった。

重い課題だけれど佐野さんの素顔が素敵だったから
どんどん読み進めることができたのかな、、、。
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