Naturalis Historia LXIII.
『狂犬病に気を付けなければならないのは、おおいぬ座のシリウスが輝いている時期です。この時期に犬に咬まれると恐ろしい恐水症状を引き起こします。だから問題となる30日間はその予防策として、たくさんの鶏糞に犬の餌を、又はすでに病気に罹っている場合はヘレボルス(クリスマスローズ※)の根を混ぜます。
咬まれた後での唯一の治療方法は、最近、神託※※で分かり得たところではグリークドッグローズと呼ばれる野生の薔薇の根です。神託では、仮に犬の尾が咬み切られてその端が生後40日後に切断されると、その部分の脊髄はなくなるのでその犬は狂犬病に罹りにくいと告げられました。私たちが経験した唯一の前兆は、タルクムが王国から追い出されたときに犬の話し声と蛇の吠える声をみた時です。』
※ クリスマスローズ; 強心配糖体ヘレブリン、サポニンなどの毒を葉・根に含み、かつては民間で強心剤・下剤・堕胎薬などとして使われました。樹液がつくと目の粘膜がただれたり口内炎に、摂取すると、嘔吐、腹痛、下痢、、呼吸麻痺、めまい、精神錯乱、心拍数の低下、心停止などをひき起こします。
※※ 神託; デルポイ(古希: Δελφοι、Delphoi)は、古代ギリシアのポーキス地方にあった都市国家。パルナッソス山のふもとにあるこの地は、古代ギリシア世界においては世界の中心と信じられており、ポイボス・アポローンを祀る神殿で下される「デルポイの神託」で知られていました。古代デルポイの遺跡はユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。
そこでは、ピューティアー(古希: Πυθία, Pythia;デルポイの神託所に仕えたアポローンの女神官で、予言の才があり人々に神託を伝えたとされます。)が、洞窟の戸口に置いた三脚台の上に座り、そこの岩の裂け目から立ち昇る霊気を吸って恍惚の境地に至り、難解な言葉でアポローンの予言を告げたとされます。
John Collier, Prêtresse de Delphes, 1891, musée national d'Australie-Méridionale (Adélaïde)
絵の内容に比して描かれた年代は新しいですが、ピューティアーをよくあらわしているので引用しました。地面に割れ目ができて、おそらく火山活動のせいだと思われますが、地下からガス、硫化水素もしくはただの炭酸ガスと水蒸気かもしれませんが、ガスのせいで朦朧となった女神官がお告げのお言葉を漏らします。
『ドッグローズが狂犬病に効く』という事実がピューティアーの神託によって告げられたとは、意外でした。