[この記事は Doblog に 2006-01-17 07:12:05 付で載せていたものです]
昨日は13日の金曜日.
メンバの歓送迎会がありました.
風邪引きさんもいましたが,17名がそろいました.
若い人たちが多いので(私,最長老),
お店は飲み放題のところになる場合がほとんど.
昨日もそうでした.
2次会はビリヤードやダーツで遊べるお店.
小腹が空いて3次会はパスタ+ワインのお店.
ここで8名が残っており,新婚女性は旦那様が迎えに来られ
旦那様も我々に加わって一緒に飲みました.
お次は6名でボウリング・・・
朝方にみんなと分かれて,朝帰り(何年ぶりだろ?).
奥方にこっぴどく叱られました.
・・・と長いマクラで,本の話です.
清水義範 「大人」がいない (ちくま新書 574)
若い人たちと同じように徹夜で遊んで,
朝帰りとはイイ年したオヤヂのすることではありません.
まして家に連絡も入れないとは不届き千万.
女房ご立腹も当然です.
こんなオヤヂの鞄に入っていたのが読みかけの 「大人」がいない.
この本の論旨は,端折って言うなら,
食うに困らなくなった日本では「大人」になれない/ならない大人が増えている,
「大人」の判断力が必要な問題もあるのでこれじゃ困る・・・
というところでしょうか.
それを,筆者特有の構成と文章で読ませてくれます.
おとといから読み始めていたのですが,途中までは「上司は思いつきでものを言う」(橋本治,集英社新書 240)と同じような何かを何度も感じました.
この印象がどこから来ているのかは別途分析してみたいと思っています(手元に「上司は・・・」が無いので).
読み終えたばかりなので,明日再読してコメントを続けたいと思います.
・・・中途半端でごめんなさい.m(__)m
このスマイリー(絵文字)についても言及されていました・・・
---------------------------------------------------------------
・・・と書いたのは,14日(土)のこと・・・
今日はもう17日になっています.
帰りの電車では再読した同書についてのコメントを考えて,
同書の構成(章立て)と各章の結論を書くことにしました.
「『大人』がいない・・・」(清水義範,ちくま新書 574)には,
「はじめに短い小説を」と「あとがき」の間に9章が入っています.
はじめに短い小説を:
筆者お得意の名古屋弁(三河弁?)で,
人質として他家で育った松平元康(のちの徳川家康)がようやく岡崎の領主として戻ってきてからのお話が書かれています.
若い領主を取り巻く年寄りたちの談義が,続く本章への枕となっています.
第1章 「大人」と「大人でない」:
いわば「大人」の定義付けの章です.
そして「大人」と「大人でない」ことのプラス/マイナス(良い面/悪い面)が次章へのイントロになっています.
第2章 「若い」という魅力:
「若い」「可愛い」が褒め言葉であり,それは「未熟」を良しとする国民性にあるのではないだろうか.
経済的に豊かになって「大人」にならなくても生きていける時代・・・
「ネオテニー」なんて言葉もでてくる印象的な章です.
第3章 大人になりたくない:
筆者(清水義範さん)と泥江龍彦(ひじえたつひこ)さんの対談形式の章です.
対談形式ですが,いわば一人二役です.
時代・世相の変化を追いながら前章までのまとめをしているようです.
第4章 お子様たちの文化:
「大人でない」こと,お子様的であること,のメリットが述べられています.
日本的なお子様文化がアジアでも欧米でも人気を博している様子が書かれています.
世界をリードする日本のアニメ文化(?)といえば分かりやすいでしょう.
第5章 社会現象の幼児化:
この章は次章へのイントロといったところ.
「大人でない」ことが本当に良いことなのか,困った側面があるのではないか,といった展開の章です.
第6章 「大人でない」が社会を蝕む:
筆者の小説「絵のない絵日記」から引用されている部分は,ちょっと怖い,ありそうなことです.
「大人でないこと」でいいの?と再び疑問が呈されています.
第7章 社会の中で「大人」であること:
この章も筆者(清水さん)と泥江(ひじえ)さんの対談形式です.
対談形式の章は話のまとめをする役目があるようです.
第8章 「坊ちゃん」考:
夏目漱石の「坊ちゃん」を題材にして,「坊ちゃん」=「大人でない」話が続きます.
坊ちゃんが東京から四国に行き学校の先生になり,大人の社会に触れて,愉快痛快な出来事もあるのだけれど,問題は何一つ解決していない・・・
第9章 「大人」が必要な苦況の時代:
最終章はきたるべき冬の時代,少子化・高齢化社会を迎えるにあたり,「苦しさを乗り越えられるのが『大人』」,「『大人』の知恵を出しましょう」,子供=大人でないことも悪くないけど,大人もいるバランスが大切,と締めくくっています.
あとがき
・・・要約はしません,本屋で立ち読みして下さい.
軽妙というほどではないかもしれませんが,楽しく読めます.
短時間で読めます.
冒頭で書いたとおり「大人気ない」週末を過ごしたオヤヂにはちょっと身につまされるところもありましたが,総じて清水義範さんの本って面白い.
軽くヤバイではなく,軽くオススメの一冊です.
昨日は13日の金曜日.
メンバの歓送迎会がありました.
風邪引きさんもいましたが,17名がそろいました.
若い人たちが多いので(私,最長老),
お店は飲み放題のところになる場合がほとんど.
昨日もそうでした.
2次会はビリヤードやダーツで遊べるお店.
小腹が空いて3次会はパスタ+ワインのお店.
ここで8名が残っており,新婚女性は旦那様が迎えに来られ
旦那様も我々に加わって一緒に飲みました.
お次は6名でボウリング・・・
朝方にみんなと分かれて,朝帰り(何年ぶりだろ?).
奥方にこっぴどく叱られました.
・・・と長いマクラで,本の話です.
清水義範 「大人」がいない (ちくま新書 574)
若い人たちと同じように徹夜で遊んで,
朝帰りとはイイ年したオヤヂのすることではありません.
まして家に連絡も入れないとは不届き千万.
女房ご立腹も当然です.
こんなオヤヂの鞄に入っていたのが読みかけの 「大人」がいない.
この本の論旨は,端折って言うなら,
食うに困らなくなった日本では「大人」になれない/ならない大人が増えている,
「大人」の判断力が必要な問題もあるのでこれじゃ困る・・・
というところでしょうか.
それを,筆者特有の構成と文章で読ませてくれます.
おとといから読み始めていたのですが,途中までは「上司は思いつきでものを言う」(橋本治,集英社新書 240)と同じような何かを何度も感じました.
この印象がどこから来ているのかは別途分析してみたいと思っています(手元に「上司は・・・」が無いので).
読み終えたばかりなので,明日再読してコメントを続けたいと思います.
・・・中途半端でごめんなさい.m(__)m
このスマイリー(絵文字)についても言及されていました・・・
---------------------------------------------------------------
・・・と書いたのは,14日(土)のこと・・・
今日はもう17日になっています.
帰りの電車では再読した同書についてのコメントを考えて,
同書の構成(章立て)と各章の結論を書くことにしました.
「『大人』がいない・・・」(清水義範,ちくま新書 574)には,
「はじめに短い小説を」と「あとがき」の間に9章が入っています.
はじめに短い小説を:
筆者お得意の名古屋弁(三河弁?)で,
人質として他家で育った松平元康(のちの徳川家康)がようやく岡崎の領主として戻ってきてからのお話が書かれています.
若い領主を取り巻く年寄りたちの談義が,続く本章への枕となっています.
第1章 「大人」と「大人でない」:
いわば「大人」の定義付けの章です.
そして「大人」と「大人でない」ことのプラス/マイナス(良い面/悪い面)が次章へのイントロになっています.
第2章 「若い」という魅力:
「若い」「可愛い」が褒め言葉であり,それは「未熟」を良しとする国民性にあるのではないだろうか.
経済的に豊かになって「大人」にならなくても生きていける時代・・・
「ネオテニー」なんて言葉もでてくる印象的な章です.
第3章 大人になりたくない:
筆者(清水義範さん)と泥江龍彦(ひじえたつひこ)さんの対談形式の章です.
対談形式ですが,いわば一人二役です.
時代・世相の変化を追いながら前章までのまとめをしているようです.
第4章 お子様たちの文化:
「大人でない」こと,お子様的であること,のメリットが述べられています.
日本的なお子様文化がアジアでも欧米でも人気を博している様子が書かれています.
世界をリードする日本のアニメ文化(?)といえば分かりやすいでしょう.
第5章 社会現象の幼児化:
この章は次章へのイントロといったところ.
「大人でない」ことが本当に良いことなのか,困った側面があるのではないか,といった展開の章です.
第6章 「大人でない」が社会を蝕む:
筆者の小説「絵のない絵日記」から引用されている部分は,ちょっと怖い,ありそうなことです.
「大人でないこと」でいいの?と再び疑問が呈されています.
第7章 社会の中で「大人」であること:
この章も筆者(清水さん)と泥江(ひじえ)さんの対談形式です.
対談形式の章は話のまとめをする役目があるようです.
第8章 「坊ちゃん」考:
夏目漱石の「坊ちゃん」を題材にして,「坊ちゃん」=「大人でない」話が続きます.
坊ちゃんが東京から四国に行き学校の先生になり,大人の社会に触れて,愉快痛快な出来事もあるのだけれど,問題は何一つ解決していない・・・
第9章 「大人」が必要な苦況の時代:
最終章はきたるべき冬の時代,少子化・高齢化社会を迎えるにあたり,「苦しさを乗り越えられるのが『大人』」,「『大人』の知恵を出しましょう」,子供=大人でないことも悪くないけど,大人もいるバランスが大切,と締めくくっています.
あとがき
・・・要約はしません,本屋で立ち読みして下さい.
軽妙というほどではないかもしれませんが,楽しく読めます.
短時間で読めます.
冒頭で書いたとおり「大人気ない」週末を過ごしたオヤヂにはちょっと身につまされるところもありましたが,総じて清水義範さんの本って面白い.
軽くヤバイではなく,軽くオススメの一冊です.