真夜中のカップらーめん

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『戦国大名失敗の研究~群雄割拠編』その2

2016-07-07 23:55:54 | Weblog
『戦国大名失敗の研究~群雄割拠編』のご紹介、その2、です。

第二章は「長宗我部元親と大日本帝国」。



長宗我部元親と大日本帝国には、いくつかの共通点があります。

たとえば、アジアの小国から列強の一角にまでなった日本と、四国の小領主から、四国の覇者になった点。

西南戦争から28年後に、日露戦争に勝利した日本。
家督相続かた25年後に、四国の覇者になった元親。

米英と、最初は友好関係にありながら対立する日本。
織田政権と、最初は友好関係にありながら対立する元親。

およそ国力5倍のアメリカと開戦した日本。
3倍の所領、圧倒的に経済の差があった秀吉と開戦した元親。



興味深い発言があります。

秀吉に攻め込まれた時、一宮城を守っていた谷忠澄は、

「国に兵粮乏しくして上方(秀吉方)と永く取合ふべき(合戦すべき)用意なし」

と言って、長宗我部元親に降伏を進言します。

昭和20年8月13日、ポツダム宣言受諾回答に関する閣議で、広瀬蔵相、石黒農相、小日山運輸相らは、

「国力判断から見て継戦不可能」

と、同じ趣旨の発言をします。
ではなぜ、元親は開戦に踏み切ったのか。
つづきは、本書にて。

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