「あなたは、このままでは敵を甘く見るようになる。あるいは、このまま同じ考え方をする人たちにかこまれていると、いつか反対勢力を見失うようになる」
「どういう意味でしょうか? 私の態度が悪いんでしょうか?」
「誤解しないで。文句を言ってるんじゃない。これまで教えた学生の中には、もっと頭の切れるディベーターやリサーチ能力の高い学生もいた。でも総合力では、あなたは数百人人に一人の才能を持ってるわ。持って生まれたものか、何か理由があって才能の方で伸びようとしているのか。でも早熟な才能は、往々にしてトラブルを呼び寄せる。あなたが、ディベート以上に大切なものを見失うのがコワイの。そんな風にならないためにおぼえておいて。現実はディベートよりも、もう少し複雑なの。たとえば、社会正義とは何か? それはつねに相対的なものよ」
「社会正義とは相対的・・・・・・ですか」
「この国には、保守派とリベラル派の対立がある。どちらの立場を取るかによって、何を目指してどのような政策を取るかは、時にまったくの逆になるの」
「いままで考えたこともありませんでした」
「正直でよろしい。ディベート界にいると往々にしてリベラル派が基準になってしまう。ディベート界は魅力的で愉快な連中であふれてるわ。だけど、政治的に自由な価値観を目指して、ライフスタイルにも寛容な立場がリベラルだとすれば、伝統的な価値観や家族観を重んじて要求の厳しいのが保守なの」
「もう少しわかりやすく説明していただけないでしょうか」
「そうね。保守派とリベラル派の対立は、アメリカ社会という時計の振り子のようなものよ。どちらかに一度ゆれても必ずゆりもどしがあって、逆の方向にゆれていく」
「なんとなくわかりますが、もう少し説明してくれますか?」
「カンザス大学の先輩トーマス・グッドナイトは、アメリカ政治はリベラルと保守的前提条件の対立の歴史であると言っているわ。政策決定の場では、こうした前提条件は重要な役割を演じるの。リベラルな前提条件下では、『変化』は不可避で望ましいと考えられる。だが、永続性も時に考慮が必要と考えられる。人間は、本来、悪や利己的でないけど、知識が増大したり状況が変化したり、より効果的に新しい環境への順応性を持てるという理由で変化が好まれるの。危機的状況においては、政府には国民生活への積極的関与と指導が期待される。何事も試してみるまで結果はわからない以上、変化しないことは政府の正統性を疑われることになる。ここまでわかる?」
「人間は、元来、悪ではないと考える。つまり、性善説に立っているんですね」
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