(一同のもの、面をあげよ。ナオミ、ひさかたぶりよ)
ネプチュヌスはナオミを見て、いとおしげな表情を浮かべた。
だが、思念はあくまで威厳に満ちている。
ナオミの栗色の巻き毛がゆらゆらと海中にそよいでいる。茶色の両眼はきっと見開かれており、小作り だが引き締まった唇が意志の強さを示す。
幼少時には、ネプチュヌスのお気に入りとして膝の上で遊んだ彼女も、今では一人前の美しいマーメイドに成長していた。久々にネプチュヌスに会って安心したナオミが顔を上げる。
(おひさしゅうございます、ネプチュヌス様)
(今宵は折り入って頼みがある。人間界に行ってくれぬか?)
シンガパウムは心の内を顔に出さず、ただナオミを見つめる。ネプチュヌスの両隣ではユピテルとプルートゥがナオミの返答を待っている。
(人間界に・・・・・・でございますか? わたくしごときでお役に立てますれば、よろこんで)
ナオミがゆっくりと、だがはっきり了解の思念を送り返した。
(お主には過去に戻り女神ガイアをすくうため力を尽くしてもらいたい。ガイアを救えるものを捜して手助けをせよ。このままでは、この時空間は早晩破滅する運命にある。驚くことはない。これも、我ら最高神の力がたりなかったせいじゃ。お主に頼みたいのは時空間を越えて人間界に行き歴史を書き換えることじゃ。神導書アポロノミカンを捜すのじゃ)
(アポロノミカン・・・・・・)
ナオミは息を呑んだ。
まさか現存しているとは! 神々でさえ目の当たりにしたものはほとんどいない伝説の神導書。
(あれが人の手に入ったことが、すべての発端だったのじゃ。だが手に入れたのは、よこしまなものだった。アポロノミカンは、その真の価値を知るものに与えられなければいけなかった)
(そのものを捜し出すのも、わたくしの使命だと?)
(その通りじゃ。まだその時でないと思えば、お主自身の手でアポロノミカンは始末せよ。そのためにマーメイドの目で見てマーメイドの耳で聞き、マーメイドの頭で考えよ。一度行けば、我が宮殿に戻ることは二度とかなわぬ片道旅行。時果つるまで人間界を旅することになるやも知れぬ。それでも行ってくれるか?)
(仰せのままに)
(そうか、お主が我が城で仕えた日々は忘れぬぞ。もはや時間がない。家族のものとも今生の別れとなろう。最後の思念を交わすがよい)ネプチュヌスが、波打ち際に寄せるさざ波の思念を送った。
ナオミが振り向くと、一族の顔が目に入った。
シンガパウムは武人らしく、ネプチュヌス様のご期待を裏切らぬようにと短い思念を送っただけだった。
先日のらしくない話は今日のためだったかとナオミには思い当たるものがあった。
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