1996年聖バレンタインデー深夜。
ニューヨーク市中心街にそびえ立つヌーヴェルヴァーグ・タワー内の書斎。3年前のクリスマスのパフォーマンス・フェスティバル以降、廃人同様になってしまったダニエルの面倒を見ることがマクミラの優先課題となった。彼と深夜ドライブに行く以外はあまり外出しなかったので、出不精に拍車がかかった。
何もしなくなったかと言えば、そうではなかった。籠もりきりになった分、より精力的に国際情勢を分析していた。ヌーヴェルヴァーグ・グループの経営は安定していたのでジェフに任せきりだった。
魔女たちに攻撃された不老不死研究のゾンビーランド修復も終え、ダニエル回復の可能性を調べさせていた。さらに、軍事研究を行うノーマンズランド、精神世界研究を行うナイトメアランド、アポロノミカンランドの神導書研究の進み具合にも気を配っていた。
その日、マクミラにはめずらしく机に突っ伏して眠った。
目の前で、若者たちが大声で叫びながら殺し合いをしていた。
ナイフを持った者も、拳銃を乱射している者もいた。普通なら、苦しみ、痛み、哀しみが伝わって来るはずだった。だが、伝わってくるのは、闘いの歓喜、興奮、憎しみだけだった。まるで悪鬼の宴が繰り広げられているかのように。彼らはさまざまな人種のストリートギャングだった。
マクミラは、何かがおかしいと感じていたが、気がついた。
心眼によって姿形なら感じられるが、盲目のマクミラには見えないはずの肌の色が見えたのだ。
その時、後ろから声が聞こえた。「マクミラ様、あまり根をつめてはお身体に毒でございます」いつも影のように寄り添うジェフだった。
「夢を見ていたのね。もうどれくらい寝ていなかったかしら?」
「たっぷり一ヶ月ほどは……」
「クリントン好景気のせいで国内の空気が一変したのが興味深くて。ニューヨークだけを見ても、ジュリアーニ市長の施策と相まって、まるで別世界だわ。このまま、世界の破滅は遠のいていくのかしら?」
クリントン好景気とは、超強運男の大統領が生み出した90年代後期に起こった経済好況である。実際、彼の強運リストを作ってみると片手で足りない。まず生まれた町の名が「希望」(Hope)。高校時代にホワイトハウスを訪問しており、最後の輝くリベラルな大統領ケネディとの握手シーンのビデオが残っていた。選挙キャンペーン中に不倫が発覚しても、前回、有力候補ゲイリー・ハートをつぶしてしまった反省がマスコミに働いたり、ヒラリーが夫を許し支えるという声明を出して乗りきってしまったり等である。極めつけが、前々任者レーガン大統領の行った規制緩和が時間差でITバブルを生み、自らの業績となった。就任後、財政収支は劇的に改善し、失業率も下がり、株価はバブル契機の様相を呈し、支持率も6割を超え、我が世の春を謳歌していた。
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