インド、中国、ヨーロッパ、アフリカなど世界中で、靱帯や角膜、心臓、肝臓、腎臓などの臓器、血液、さらには人間本体までが日々売りに出され、買い取られているという。『レッドマーケット 人体部品産業の真実』の著者、スコット・カーニー氏に臓器売買市場の実態を聞いた。(聞き手/ジャーナリスト 大野和基)
――レッドマーケットという言葉は非常におもしろい表現だと思いますが、ブラックマーケット(非合法市場)やホワイトマーケット(合法市場)に対して、もともと存在する言葉ですか。
いいえ。私は人体が売買される、いろいろな方法を表現する言い方を探していました。単にお金でビジネスをするのではなく、人間にとってもっと重要 な、本質的なものが実際に移動しているのです。ドルだけではそういう市場を計算できません。生命そのものの価値を計算しなければなりません。それで、ブ ラックやホワイトに対してレッドを思いつきました。
――本を読んでいると恐ろしくなってきますが、取材中に脅迫に直面したことはありますか。
取材の途中で、脅迫を受けるのではないかと心配したときもありました。例えば、カルカッタの裏通りで人骨ディーラーを取材しているときは、かなり 危険でした。しかし最終的には、ほとんどの関係者に取材することができました。ただ、驚くべきことは、この人骨ビジネスが実社会でいかにまともなビジネス になっているかです。
腎臓を買うために誰かを探しているとき、マフィアのところには行きません。医師のところに行きます。白衣を着た医師のところに行きますが、彼ら (臓器売買に携わる医師)は犯罪者です。つまり最悪の犯罪者が、我々が社会でもっとも尊敬している人でもあるのです。これが、レッドマーケットのおそろし いところです。
――そういう医師は闇取引のことを把握してビジネスをしているのでしょうか。
もちろんそうです。間接的にかかわっている人がほとんどですが、中には直接かかわっている医師もいます。パキスタンで取材した医師は、グアテマラの 大学の医学部に行って医師免許を取得し、アメリカで医師をやっていました。彼は医学部1年のときに、墓場まで行って死体を掘り起こし、それを解剖に使った と言っていました。これは今でもやっているそうです。医学教育を受けるには、本物の死体や骸骨が必要です。どこかから持って来なければなりません。
人骨、血液、臓器……
売買はいとも簡単に行われている
――このレッドマーケットに関心を持った経緯をさらに詳しくお願いします。
私は以前、インド南部のチェンナイという、津波でひどく破壊された都市に住んでいました。インドでは20万人の人が津波に流されて亡くなりました。生き残った何千もの人は巨大な難民キャンプに住んでいました。日本でも津波が起きたとき同じような状況になったと思います。
チェンナイでは、そうした難民キャンプとパワフルで裕福な病院が隣り合わせに位置していました。国で最高の病院です。その病院が、難民キャンプに 住んでいる人の腎臓を頼りにし始めたのです。“Wired”という雑誌の外国特派員をやっているときも、同じようなことが家の近くで起きました。私はその ことを最初に暴露した記者です。それが契機となり、しばらく追跡していたら、人体の売買がいかに簡単に行われているかに気づいたのです。
そして、掘れば掘るほど、闇市場が露見してきました。誘拐されて、アメリカの養子市場に売られた子どもも追跡しました。人間の毛髪の売買をしてい る人も見つけました。病院の部屋に閉じ込められて、無理やり妊娠させられている人もいました。しかも、何度もそうさせられていることもわかりました。
――人骨ブローカーや血液ブローカーなど、そういうブローカーの中で、あなたにとって何がもっとも受け入れがたいものであったのでしょうか。
人間の血液の市場を見つけたときです。インドで元酪農家の人が、バスの停留所から人を誘拐して、部屋に閉じ込め、採血してその血を売っていたので す。人を乳牛ならぬ「血牛」として見ていたのです。彼は3年間、17人から採血し続けて、地元の病院に血を売っていました。まるで吸血鬼と同じです。こん なに恐ろしいことはありません。1パックの血を売って25ドル儲けていました。
――そうやって血を売っている人は、自分がやっていることに対して何も感じないのでしょうか。
一旦、人体を商品として見るようになれば、何も感じなくなると思います。麻薬と同じです。
――3年ほど前、私は『代理出産 生殖ビジネスと命の尊厳』という本を上梓しましたが、本の中には代理母ブローカーや卵子ブローカーの話も出てきますね。
キプロスは卵子市場になっています。そこには生活に困窮した美しいロシア女性たちがいます。彼女たちから、かなり安い金額で採卵しています。
レッドマーケットは
グローバルな格差のひとつの「症状」
――何がこういう市場を作り出していると思いますか。もちろん需要と供給の関係がそこにはありますが、裕福な国と貧しい国の格差も関係していますか。
それも一部ありますね。レッドマーケットは、グローバルな格差のひとつの「症状」です。それは間違いありません。また人の命に対する価値観の違い も原因としてあります。アメリカでは貧しい人の命は、裕福な人の命よりも「安い」です。第一世界(先進国)と第三世界の間に限ったことではありません。
――アメリカでは墓場から死体を盗むことは違法ですか。
今は違法ですが、アメリカ史ではこれまでanatomy riot(解剖学にかかわる反乱)が17回起きています。つまり、医者が解剖学の授業で使う死体を墓場から盗み、地元の人がそれを見つけ、医学部に放火し て燃やした事件です。それが1700年代から1900年代の初期まで、17回起きています。
――普通、献体は無料ですが、無料で死体を提供しても、間中に入る業者はぼろ儲けをするのでしょうか。
その通りです。これがレッドマーケットの主要なメカニズムです。
――ということは、献体をする遺族もお金をもらうべきだと思いますか。
それは社会全体が決めることで、どのコミュニティも議論すべき問題だと思います。死体に置く価値がどれくらいのものか、私が言うべきことではあり ません。ただ、市民はこういう死体を売買する裏ビジネスが存在することは認識すべきだと思います。一般的には、いったん人体の組織を商業化すれば、搾取へ のドアを開けることになると思います。
世の中には、腎臓の売買を合法化すべきだという議論もありますが、私は賛成しません。どんな問題でも賛否の両方に立って議論できる、非常に聡明な 人がいます。私が望むのは、社会に存在する、こういうdepravity(腐敗、悪行)に我々が目を向けて、社会をもっとよりよい方法で運営できるように することです。そうすることでこういう悪行に至る抜け道を許さないことが重要だと思います。
国境を越えて横行する臓器売買
国際社会は一種の「無法地帯」
――もし一国で禁止したとしても、こういう裏ビジネスは国境を越えることができますね。
その通りです。それが、主な問題です。インターポールも十分パワフルではないし、国連もパワフルではないし、誰もアメリカに強行的な行動をとってほしいとも思っていません。つまり、何もかも監視する法的な組織がない状態です。良かれ悪しかれ、それが現実です。
――つまり、需要と供給が成り立っているかぎり、止める方法はないということですね。
腎臓について言えば、単なる需要だけの問題ではありません。この50年を見ると、腎臓移植の待ち時間は10年くらいです。アメリカでは年間6万件 ほどの腎臓移植が実施されていますが、腎臓提供者を増やしても、待ち時間は変わりませんでした。25年前は年間1万5000件の腎臓移植がありましたが、 そのときも待ち時間は10年でした。提供者を増やしても、医師たちは人間の臓器の新しい使い道を見つけ、臓器の新たな販売先を見つけるのです。
――UNOS(United Network for Organ Sharing:全米臓器配分ネットワーク)はきちんと機能しているのでしょうか。裏で何か悪事は起こっていませんか。
腐敗は起きていないと思います。かなりきちんとしたシステムだと思います。非常に難しい仕事ですが、頭のいい人が倫理的に問題が起きないよう、頑 張って仕事をしています。でも透明性はありません。つまり、腎臓を提供されたとしていも、誰から提供されたかはわかりません。邪推すればきりがありません が、透明性がないので、悪事を働こうと思えばできますね。
――医学の発展や薬の開発には、治験が必要です。
だから、それに乗じて、中国やインドで悪事が起きています。より裕福な国の人が、非倫理的な治験を、第三世界で安くやっています。そうして承認さ れた薬を売って、製薬会社は何十億ドルも儲けています。その薬が開発される過程で治験を受けた人たちに利益が還元されることは、滅多にないのです。