石油や武器密輸で資金
イラク北部ティクリート近郊を進撃する過激組織「イスラム国」のメンバー(6月11日、ネット上に掲載されたプロパガンダ映像より)(AFP=時事)
内戦が続くシリアや政権の統治機能が揺らぐイラクで2014年6月末にイスラム国家樹立を宣言した過激組織「イスラム国」。奴隷制導入や処刑による「恐怖統治」で住民に問答無用の服従を強いている。米軍主導の「有志連合」の空爆作戦は長期化の様相を呈しているが、指導者バグダディ容疑者が殺害されれば、組織の弱体化につながるとの見方も浮上する。中東情勢に詳しい日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究理事の保坂修司氏に、イスラム国の実態や今後の展開を聞いた。(外信部・池滝和秀)
―イスラム国の支配地域の現状は。
イラクやシリアでイスラム国が支配している地域は、もともと中央政府が十分な行政サービスを提供している場所ではなかった。行政の関与が微細な部分だ。そうした中にシャリア(イスラム法)に忠実な刑罰を導入したり、イスラム法廷を設置したりしてイスラム的な装いを施した程度だ。服装や風紀を取り締まる「ヒスバ」という宗教警察を導入したのが比較的目立つ。
武装トラックに乗るイスラム国の兵士たちとされる映像。ネット上のイスラム国の公式サイト上に9月23日公開された(AFP=時事)
―資金源は。
外国人人質の身代金が重要な財源だといわれているが、身代金を支払ったとの証拠はない。外国人が誘拐され、仮に解放されているとすれば、巨額の身代金が支払われていることは間違いないだろう。石油や武器の密輸も重要な収入源となっている。武器はイラクやシリアで政権側から押収したものが多い。文化財の密輸もある。特にイラク北部モスルなどの大きな町では古文書が豊富に存在する。このほか、国内の通行料を徴収したり、キリスト教徒には人頭税を課したりしている。ペルシャ湾岸諸国の篤志家からの支援もあるとされている。
―石油密輸に少数民族クルド人が関与しているのか。
元々、国連制裁下のイラクから石油を密輸するケースが続けられ、クルド経由でトルコに入るというルートは昔から公然と利用されている。イスラム国も、こうしたネットワークを使っている。
―イスラム国は資金をどう動かしているのか。
人を通じた資金移動が大半だろう。規制がかかっているはずだが、ハワラという伝統的な送金システムも利用されているようだ。中東ではよく使われている。国際テロ組織アルカイダがかつて資金を送る際に頻繁に使っていた。アラブ首長国連邦(UAE)のドバイがハワラの拠点だ。
見せしめの首切断
シリア軍兵士とみられる人々をひざまずかせ、首を切ろうとする過激組織「イスラム国」のメンバー(一部画像処理してあります)(11月16日に公開されたネット画像より)(AFP=時事)
―恐怖支配の狙いは。
首を切断したり、銃殺したりしているが、イスラム国に逆らったら、こうなるという見せしめだ。2003年のイラク戦争後にアルカイダ系武装組織が多用したやり方だ。その手口をそのまま受け継いだ。アルカイダ指導部はこうした残虐な手法に反対していた。
イスラム国が宣伝用に流しているビデオを見ても、住民たちが本当に根っからイスラム国を信じているようには思えない。イスラム国が来て良くなったとの発言もあるが、本当かどうかは検証できない。逆らったらどうなるか分かっているので、仕方なく従っている可能性もある。
―アルカイダとの違いは。
アルカイダには国家をつくるという考えはない。あくまで米国などを標的にジハード(聖戦)を行う組織だ。その先はやることではないと考えている。現在のイスラム国の前身組織である「イラクのイスラム国」は、2006年の段階で国をつくることを明確にしていた。
―指導者バグダディをどう見るか。
過激組織「イスラム国」の指導者バグダディ容疑者=2014年7月4日、イラク北部モスル(AFP=時事)
イラクのイスラム国の指導者だった故アブ・ウマル・アル・バグダディは、クライシュ族と名乗っていた。いずれは預言者ムハンマドの後継者であるカリフを宣言することは明らかだった。現在のイスラム国の指導者アブ・バクル・アル・バグダディもクライシュ族に属している。初めはうそだろうと思っていたが、現指導者バグダディが属するブーバドリー族はクライシュ族の血筋を引いている。
バグダディのアラビア語はしっかりしている。サダム・フセイン政権時代に唯一のイスラム系の大学に通っていた。ブーバドリー族は宗教的といわれているので、バグダディの宗教心は相当強かったと思われる。カリフになるためにはこの程度の知識がないと駄目だ。イラクなまりのアラビア語を話すようでは失格だが、バグダディのアラビア語はなまりが全く分からない。博士号まで取っているという説もあるが、後付けには聞こえない。宗教的にしっかりした人物であることは確かだ。
バグダディが死亡した際に代わる人材を出せるかどうかがイスラム国にとっての転機になる可能性がある。バグダディは十分に宗教的な知識があり、クライシュ族の出身だ。代わる人材を出せない時にはイスラム国は分裂する可能性がある。せっかくカリフ制ができたのに、ふさわしい人物がいなかったということになれば、カリフ制宣言は時期尚早だったという批判が出てくる。
カリフになるためにはクライシュ族出身などの要件のほかに、宗教的な知識も必要だ。アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディンが殺害された後、エジプト出身の元医師ザワヒリが後継指導者になったように簡単にはいかないだろう。
若者を引きつける力
シリア北部ラッカで、車に乗って行進する過激組織「イスラム国」のメンバー(7月1日にネット上に掲載されたビデオ映像より)(AFP=時事)
―イスラム国のパスポートや通貨は。
イスラム国を承認した国家は存在しないので、発行したパスポートはどこでも使えない。資金集めの手段だ。通貨の発行については、金銀を集めるだけでも大変で、実際に通貨を発行するのは難しいのではないか。通貨のデザインにはグラムを採用した。その辺りに限界がある。欧米の基準を使わないといけない。イスラム世界での伝統的な重さの単位ミスカールを使ってほしかった。本来ならカリフの名前を刻印する。イスラム教の原点回帰を目指すことを掲げているなら、歴史的な背景を踏まえるべきだった。
―イスラム国の敵は。
不信仰者だ。一番悪いのは多神教であるヤジディ教徒で、経典の民であるイスラム教徒やキリスト教徒とは明らかに異なった扱いを受けている。その次にシーア派の一派でアサド大統領が属するアラウィ派。さらにシーア派だ。イスラム国は奴隷制度を復活させたが、コーラン(イスラム教の聖典)には奴隷制度を廃止しろとは書かれていない。だったら、あってもいいはずだというのがイスラム国の論理だ。ただ、コーランや預言者の言行録であるハディースには、奴隷は解放すべきだと書いてある。しかし、イスラム国はそうした立場は取らない。奴隷制度復活に関しては確信犯だ。彼らにとっての理想の時代は預言者の時代であり、その考え方から見れば、奴隷制があっても当然と考えるのは自然だ。
イラク北部バイジで、住民の歓迎を受けるイスラム過激組織メンバー(6月、ネット上に投稿された映像より)(AFP=時事)
―イスラム国に参加する人物像は。
さまざまだ。人を殺してみたいという人物も当然いる。怒りに燃えてイスラム国をつくりたいという人物もいる。いずれにしても戦わなければならないと考えていることは間違いない。重要なのは、同じ場所、目的で集まっていることだ。これは力になる。同じ釜の飯を食い、高揚感がある。若者たちが引きつけられるのは理解できる。男性社会であり、より同質的な社会だ。イスラム国にとって、こうした状況は目的を達成するための力になる。アルカイダではなく、イスラム国に勢いがあるのはこのためだ。
―イスラム国はそもそも反米、反イスラエルではないのか。
イスラム国そのものに反米、反イスラエルという思想は希薄だ。空爆が開始されたので、反米は重い意味を持ち始めている。米軍が空爆した時点で米国は敵になる。一方、アルカイダは米国が諸悪の根源であり、倒さなければならない敵であると考えている。
―サウジは敵か。
サウジはイスラム国の標的になる。標的の一位はシーア派。サウジの王家であるサウド家は次の標的だ。サウジが米国と結託しているためだ。
非イスラムの駆逐、描く広大版図
イエメンの首都サヌアで、検問所を設置して警戒に当たるイスラム教シーア派系ザイド派のホーシー派民兵(10月14日)(AFP=時事)
―国境線引きに異議を唱えているが。
(第一次大戦中の1916年5月に英仏、ロシアの間で結ばれたオスマン帝国の分割を約束した秘密協定)サイクス・ピコ協定を破壊するというのがイスラム国の考えだ。新しい国境線を引くのは、アルカイダを含めたジハード勢力の悲願である。サイクス・ピコ協定を大半のイスラム教徒は批判的に見ているが、イスラム国はそれを壊そうとした。
―イスラム国が描く版図は。
かつてイスラムの地だった地域がイスラム国のジハードの対象になる。世俗的な政権や外国支配が標的だ。ジハーディストが使うスローガンは、アンダルシア(スペイン南部)から東トルキスタンまで。こうした地域が、ジハーディストが考えるイスラムの範囲だ。非イスラム地域を駆逐してイスラムの国にする。バグダディはミャンマーの少数民族ロヒンギャの迫害にも言及している。ミャンマーでイスラム国に絡むテロが起きても不思議でない。
サウジアラビアのメッカにある聖モスク(10月1日)(AFP=時事)
―プロパガンダが巧みだ。
アルカイダもそうだが、外国語部門を持っている。イスラム国の場合は「アルハヤトメディアセンター」が担当している。恐らく相当な人数、能力を持っている。湾岸や欧米の出身で、英語がネイティブの者をそろえている。CG(コンピューターグラフィクス)一つとっても、従来よりもはるかに洗練されている。パソコンとスマートフォンがあれば、できるのだろう。技術の進んだ今の時代が産んだことは間違いない。
―イスラム国は今後拡大するのか。
イラクやシリアにこれだけ戦線が拡大すると、大量の戦闘員を各地に配置しないといけないが、前線は弛緩(しかん)し始めている。外国人戦闘員のリクルートが滞れば、さらに前線は弛緩する。リクルートが順調にいけば別だが、戦況はますますこう着感を強めるのではないか。
解決に時間、根絶不可能
シリア北部アインアルアラブで、空爆で立ち上る黒煙(10月28日)(AFP=時事)
―空爆で弱体化するのか。
イスラム国にとって一番怖いのは攻撃を受けることだ。今までは攻撃されなかった。イスラム国の進撃をストップないしは鈍化させる意味はあるが、決定的ではない。
イラクでは何とかなっても、シリアでイスラム国に決定的な打撃を与えるのは困難だ。イラクではイラク軍にがんばってもらう。シリアはアサド政権を友好国にするわけにはいかない。地上でのエージェントは必ず存在するので、米軍はどこを攻撃すべきか情報を得ている。それでも限界はある。バグダディが殺害されれば、話は別だが。
―イスラム国の台頭を防ぐにはどうすべきか。
重層的な対策しかあり得ない。イスラム国の理論上の問題点をつぶしていく地道な作業が必要だ。即効性はないが、長期的に見て重要だ。彼らのイデオロギーが間違っていることをイスラム教徒たちに理解させる必要性がある。今の流れを見ていると、こうした対応は遅過ぎる。イスラム国が古典にのっとった議論を展開し、同じ土俵にいる場合には、否定しにくい状況もある。
アフガニスタン南部ヘルマンド州で任務に就く米軍兵士(2009年7月)(AFP=時事)
―今後の展望は。
アフガニスタンがどうなるかが非常に重要だ。米軍が撤退して、それに乗じて反政府勢力タリバンが復活すれば、新たな大義が生じる。今のアフガン政府が間違っているということになる。テロリストの隠れ場所がもう一つできることでもある。かつてのイラクがそういう場所だった。イラク情勢がやや落ち着いたら、今度はシリアがテロリストの隠れ場所になってしまった。テロリストが身を隠せるのは中央政府の権威が及ばない場所だ。
外国人はいつか母国に帰るので、どうしても残虐行為に走りがちだ。外国人戦闘員の流入をいかに阻止するか。対策としては一番簡単かもしれない。国際社会が連携して対応できる問題だ。
―問題解決にはどの程度の時間が必要か。
この種の内乱はレバノンやアフガンで10年単位の時間がかかっている。イラクは30年ぐらいほぼ戦争状態にある。イスラム国などイスラム過激派のイデオロギーを根絶するのは不可能だ。内乱として封じ込めるにしても相当な年月が必要であることは間違いない。
保坂修司氏(ペルシャ湾岸地域近現代史、中東メディア論)
1984年 慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。在クウェート日本大使館専門調査員、在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員などを経て、2006年、日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究理事。