米国vs中国「やられたらやり返す」
アメリカのトランプ大統領が6月15日、知的財産権の侵害を理由に、中国からの500億ドル相当の輸入品(産業ロボットや電子部品などハイテク製品等)に対し、7月以降に25%の高関税を課すことを公表した。
これまでの閣僚レベルの合意を反古にされた中国は、直ちに「同じ規模、同じ強さの追加関税措置を出す」との声明を発表した。アメリカ産の大豆、牛肉、自動車など500億ドル相当の輸入品が対象になる。アメリカの主要な輸出産業の狙い撃ちである。
トランプ大統領は、中国が対抗措置を講じるなら、さらに追加の関税をかけると言っている。これを本当に行えば、米中間で"やられたらやり返す"という貿易戦争が勃発することになる。
トランプ大統領は、アメリカの同盟国であるはずの日本、カナダ、メキシコ、EUに対し、既に鉄鋼・アルミの関税を引き上げ、さらに自動車の関税も大幅に引き上げようとしている。カナダで開かれたG7では、貿易問題を巡り完全に孤立し、ようやく合意された宣言についても、カナダのトリュドー首相の記者会見での発言に怒って、合意を撤回するとツイッターに書き込んだ。
まさかやられっぱなしと言うわけではないだろうが、日本は安倍首相とトランプ大統領との関係もあり、対抗措置について曖昧な態度をとっている。その日本を除き、これらの国は対抗措置としてアメリカからの輸入品の関税を引き上げると宣言している。アメリカは中国、EU、カナダ、メキシコ、インド(そして日本?)といった世界中の主要な経済国と貿易戦争を開始することになる。
被害を受けるのは米国産業だ
関税引き上げの対象品目は、関税をかけようとする国にとっては国内産業の競争力が弱い産品であり、輸出している国からすれば競争力のある産品である。輸入国の消費者からすれば、自国の産業が供給する製品の価格が高いため、輸入品を購入しているのだ。内外ともに関税が引き上げられれば、輸入品に圧迫されている産業は利益を受けるが、輸出産業と輸入国の消費者は被害を受ける。
アメリカと世界の主要国の間の貿易については、これからはアメリカの輸出産品、輸入産品ともに高い関税が適用されることになる。アメリカの企業や農家は高い関税を払わなければ他の国に輸出できない。
他の国の企業も高い関税を払わなければ、アメリカ市場には輸出できない。しかし、アメリカ以外の国同士の貿易は従来通り低い関税が適用され、いままで通りの安い関税で輸出できる。フォードは高い関税を払わなければ世界中の主要国へ輸出できないが、トヨタはアメリカ市場への輸出は制限されてもEUや中国には安い関税で輸出できる。
つまり、トランプ大統領が進めようとする貿易戦争で日本を含むアメリカ以外の国の産業も影響を受けるものの、最も甚大な影響を受けるのはアメリカ産業なのである。
最大の被害者は米国の消費者だ
それだけではない。貿易の利益は消費の利益である。お互いが安く作られるものや他の国が作られないようなものを作って交換することで消費の利益を高めることが、貿易の本質である。これは国レベルの貿易だけではなく、同じ国の中でも地域間、個人間の交易も同じである。
ということは、最大の被害者はアメリカの消費者に他ならない。これまで安く輸入できたものに高い価格を払わなければならなくなるからである。
中国の消費者はフォード車が高くなっても日本、ドイツ、フランスなどから今まで通りの価格で車を輸入できる。ボーイング社の飛行機が高くなってもエアバスの輸入を増やせば良い。
これに対し、アメリカの消費者にとっては日本やドイツなどの自動車の価格が高くなる。それだけではない。これを見てフォードやGMも自動車の価格を上げるだろう。アメリカのPBS放送は、韓国等からの洗濯機の関税を引き上げたときにアメリカの大手洗濯機メーカーのワールプールも価格を引き上げたと報じている。
さらに、アメリカの輸出が減少すれば、アメリカ国民の所得が減少し、消費はより苦しくなる。これはアメリカ経済全体の購買力の低下につながり、全ての産業に影響を与える。
つまり、輸出にしても輸入にしても、アメリカは自国の周りに高い関税という壁を張り巡らせようとしているのである。あるいは、世界に通じる道路を自ら破壊しようとしていると言ってもよい。輸出も輸入も困難になる。
これによる最大の敗者はアメリカである。トランプ大統領は勝つ自信があるようだが、世界中を敵に回して勝てる力は、もはやアメリカにはない。
「やりたい放題」支える米国の分裂
トランプ大統領は、輸入が悪で輸出が善だ、他国の不公正な貿易によってアメリカが貿易赤字になっているという考えに固執している。これは1980年代にアメリカで多くの人が信じた古い考えである。トランプ大統領はこれに囚われている。
トランプという人物は、他人を自分の意思に従わせられると信じているようだ。貿易だけではなく、G7サミットでもロシアの復帰を要求したり、パリ協定やイラン核合意、TPPから脱退したり、他国の考えや感情など考慮せず、やりたい放題である。
国内でも、ポルノ女優との不倫や金銭の授与によるもみ消し報道、トランプ財団による義援金の不当な流用、ロシアの大統領選介入との疑惑の関係など、どの一つをとっても、これまでなら政権の崩壊につながりかねないような問題である。
しかし、それにひるむ様子はない。その理由は、アメリカ社会が分断されていることだ。アメリカはトランプ支持者と支持しない人に二分されている。トランプ大統領の支持率は40%前半で、過去10年間で最低の水準である。しかし、これらの支持者はトランプ大統領が何をしようと彼から離れない。支持率は低いが下がらない。最近ではむしろ上向いている。
アメリカのマスコミも分断されている。トランプ支持者はトランプ大統領に批判的なテレビや新聞の報道は見ないし読まない。インターネットでは、AI的な機能でその人にとって読みたい情報がたくさん画面にポップアップされる。
トランプ大統領も支持者の方しか向かない。トリュドー首相のような政治家だけではなく、俳優のロバート・デ・ニーロなど反トランプ的な発言者には徹底的な「口撃」を加える。これで支持率が落ちるとは考えていない。トランプ大統領の支援集会には、米朝サミットでトランプ大統領にノーベル賞を与えるべきだという万雷の声が響き、トランプ大統領は悦に入る。この固定層の支持さえ確保すれば良いと考えているのだ。
トランプ、中間選挙で失速も
トランプ政権の今後を決定づけるのは、連邦議会の下院の全てと上院の3分の1が改選される11月の中間選挙である。
大統領選挙の中間時に行われるこの選挙は、大統領に批判的な票が集まるため、与党(今は共和党)に不利だと言われる。そのうえ、トランプ大統領の不祥事やスキャンダルで共和党はさらに不利な要素を抱えている。セクハラを暴いた「Me Too運動」とトランプ大統領の不倫が重なり、対立する民主党の女性運動は活気づき、民主党のほぼ半分近くの候補者は女性になっている。
このため、有力な候補者も今回は共和党からの立候補を回避していると伝えられている。伝統的に共和党を支持した人たちは、党から距離を置き、共和党はますます「トランプ的」になっている。共和党からの立候補予定者たちは党の予備選挙を勝ち抜き中間選挙の候補者となるために、トランプ大統領の支持をこぞって求めている。
トランプ支持者の主流は自由貿易や移民により不当な被害を受けているという白人の人たちだ。鉄鋼、自動車や中国からの輸入品に対する関税引き上げは、トランプ支持者が好む政策である。11月の中間選挙で与党共和党が勝つために、トランプ大統領はこれらを打ち上げているのである。
この戦略は、どこまで通用するのだろうか。現在の共和党下院議員の多くは東部や西海岸の都市的地域以外の地方または農村地域出身である。2016年の大統領選挙で共和党のトランプ候補が勝利したのもこれらの地域だ。トランプ候補が首都ワシントンで獲得した票は4%に過ぎない。都市の中心には共和党員はほとんどいない。都市から郊外へさらには農村へと離れれば離れるほど共和党員は増える。つまり、共和党はかつての自民党のように、農村地域を基盤とする政党になっている。
トランプ大統領の貿易政策は、輸入品と競争できないミシガンやオハイオなどラストベルト地域の支持者の票を集めることは出来るだろう。しかし、アメリカの輸出産業は外国からの報復関税により影響を受ける。
その一つが共和党の重要な支持基盤である農業である。加えて保守的な農家は、トランプ大統領のスキャンダルを好ましく思っていないだろう。彼らが反トランプになれば、共和党は少数党に転落し、トランプ大統領は一気にレイムダック(死に体)となる。
トランプ大統領は分断されたアメリカの一部を代表しているに過ぎず、かれをアメリカと同一視することは危険である。日本の進路や国益を考えるとき、その指導者がトランプ大統領とあまりにも仲が良すぎるのも不安である。
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