№49 シリア:人民議会選挙の結果
2020年7月19日に行われた人民議会選挙(国会)の結果が、21日に発表された。本来は4月に行われる予定であったが、新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大を受けて5月に延期され、その後さらに7月に延期されていた。議会選挙は県を一つの選挙区とする大選挙区制(アレッポ県のみ2選挙区)で行われ、政府軍が反体制派から奪還した地域が増えたことを反映し、ダマスカスの東グータ地区、ハサカ県、ラッカ県、イドリブ県でも投票が行われた。
定数250の議席を巡り、1656人(うち女性は200人)が立候補した結果、与党のバアス党及びバアス党を支持する進歩的国民戦線による「挙国一致リスト」が177議席を獲得した。しかし投票率は33.17%と低く、前回選挙(2016年)の57.56%を大きく下回った。ヒシャーム・シャアール法相は、投票率が低下した理由についてCOVID-19に感染することを恐れて国民が投票を控えたと説明した。
評価
国民が感染を恐れて投票を控えために投票率が低下したという説明には一理がある。シリアは中東諸国の中では感染者数が極めて低い国であったが、5月末から感染者数が急増しており、7月21日現在の累計感染者は540人、現在感染者数349人、死者31人である。また、イスラーム過激派「シャーム解放機構」が支配する「北部解放地域」(イドリブ、アレッポ)においても、21日までに22人の感染者がいると発表された。医療制度の脆弱なシリアにおいて感染拡大が国民生活への深刻な脅威であることは間違いない。
シリアの選挙では与党の勝利が確約されており、今回もバアス党連合の勝利は予想されていた。また、内戦によって国外に避難したシリア人に在外投票権がないこともあり、在外シリア人反体制派団体は今次選挙は有権者の意思が反映されていない選挙であると批判した。米国務省報道官も、今次選挙を「いわゆる」議会選挙と呼び、シリア国民に真の選択肢が与えられていない、自由のない選挙であったと評した。
今次選挙で成立する新しい議会には、深刻な経済危機への対処と、2021年大統領選挙の準備という重大な課題がある。欧米諸国の経済制裁によるシリア・ポンドの下落と物資不足により、食料価格は昨年比で200%上昇、2011年以前と比べると20倍に上昇し、国民の80%以上が貧困であるという。このため、議会選挙の立候補者の多くは経済立て直しとインフラ再建を公約に掲げたが、米国の対シリア新制裁(シーザー法)下ではシリア復興が進展する見通しは低く、シリア国民が貧困に喘ぐ状況は長引くと思われる。また、2021年5月頃には大統領選挙が予定されている。バッシャール・アサド現大統領が大統領候補になるためには議会多数派の推薦を確保する必要があり、そのためにも、今次選挙で議会を与党支持派で確実に固める必要があった。
№48 イラン:ハーメネイー最高指導者がイラクのカージミー首相と会談
- NEW2020イラン湾岸・アラビア半島地域
- 公開日:2020/07/22
2020年7月21日、ハーメネイー最高指導者はテヘランを訪問中のイラクのカージミー首相と会談した。当初、カージミー首相はリヤドを訪問してからテヘランに来訪する予定だったが、サウジのサルマーン国王が急遽入院したことを受けて同国訪問をキャンセルした。結果として、本年5月に就任したカージミー首相にとって、今次イラン訪問が初の外遊となった。
同会談におけるハーメネイー最高指導者による発言の概要は以下の通りである。
- イラン・イラク関係は、真の意味において共通の歴史、宗教、文化、慣習と伝統に基づく良好なものである。
- イランは、イラクの内政に干渉する意思は全く有しておらず、将来もそのような意思を持つことはない。イランは、イラクの独立、主権、領土、統一を尊重する。
- 米国のイラクに対する対応は、イランのそれとは正反対である。何故なら、米国は敵国にほかならず、広く国民に支持されるイラクの独立や力に反対しているからである。地域の不安定要因である米国の撤退を、イラクが推し進めることを期待する。
- イランは、米国がソレイマーニー革命防衛隊ゴドス部隊司令官とモハンデス人民動員副司令官を殺害したことを決して忘れることはなく、米国に必ず一撃を加える。
同日、カージミー首相はロウハーニー大統領とも個別に会談した。会談後の共同記者会見で、ロウハーニー大統領は、イラン・イラク両国は通商関係を年額200億ドル(約2兆1370億円)規模に拡大すると発言した。この他、カージミー首相はシャムハーニー国家最高安全保障評議会書記とも個別会談した。
評価
イラクにおいてイランが支援するシーア派民兵組織への締め付け強化が報じられる中、今次会談はイランにとって、両国間の対外政策レベルでの協力関係を再確認する点で重要であった。1月8日にイランがイラクのアンバール県にあるアイン・アサド基地を地対地ミサイルで報復攻撃したものの、米国が応酬を踏み止まったことで地域の軍事的緊張は一旦は低減された。しかし、その後、イラン政府高官は、米国を中東から駆逐することでこそ報復は完結すると度々言及しており、米・イラン間の緊張は現在も緩和されていない。今般、ハーメネイー最高指導者が、イラクに米国撤退を促していることから、イラン側としてはイラクからこの点で協力を得たい意向がうかがえる。但し、「米国に必ず一撃を加える」との発言については、米国への不信感を表したものに過ぎないと思われ、これを以て直ちにイランによる軍事的手段を用いた報復を予想するのは早計であろう。
今次訪問のもう一つの特筆すべき点として、イランがイラクとの通商関係拡大を望んでいることが挙げられる。現在、イランは制裁と新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大の二重苦に喘いでおり、財政が逼迫している。7月16日には南西部フーゼスターン州ベフバハーンで生活困窮を訴える抗議デモが発生するなど、国民生活は厳しい。原油禁輸適用除外措置の撤廃、及び、COVID-19による非石油製品の輸出収入と観光収入の激減により、当面打つ手が見出せない状況にある。イランとしては近隣諸国との通商関係を拡大させることで、活路を見出したいところだろう。
【参考情報】
*関連情報として、下記レポートもご参照ください。
<中東かわら版>
イラン
・「イラン:ソレイマーニー革命防衛隊ゴドス部隊司令官殺害とその波紋」『中東かわら版』2019年度No.165
イラク
・「イラク:カーズィミー新首相の承認」『中東かわら版』2020年度No.15
<中東分析レポート>【会員限定】
・「イランの地域における対外政策:継続する「革命の輸出」」R20-06
(研究員 青木 健太)
№42 イラン: 新型コロナウイルス対策事情(規制再強化の動き)
- 2020イラン湾岸・アラビア半島地域
- 公開日:2020/07/07
2020年7月5日、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止策として、イラン全国で公共の場でのマスク着用が義務付けられた。前日の7月4日のCOVID-19対策タスクフォース会合で、ロウハーニー大統領は「官公庁からの行政サービスを受けるには、健康指針を遵守し、マスクを着用しなければならない」と述べ、規制の再強化方針を打ち出した。
また、COVID-19拡大を受けて、7月3日から1週間、ペルシャ湾に面する南部ホルモズガーン州で、都市封鎖を再実施するとヘンマティ州知事が発表した。同州にあるイラン最大の港町バンダル・アッバース、及び、観光地のキーシュやゲシュムを含む7都市で実施中である。
これに加えて、COVID-19拡大が進んだ赤色地域に分類される全国7州でも、生活必需品販売店や薬局を除く商店の休業、及び、移動制限が再開されることになった。これらが適用されるのは、北東部のホラサーネ・ラザヴィー州、南部のフーゼスターン州とブーシェフル州、西部のコルデスターン州とケルマーンシャー州、北西部の東アゼルバイジャン州と西アゼルバイジャン州である(図1)。
図1 都市封鎖が再開された8州
(出所)公開情報をもとに筆者作成
評価
イランではCOVID-19の拡大が一旦収束したとの判断を受けて、4月11日から社会経済活動を段階的に再開(首都テヘランでは4月18日~)した他、5月4日からモスクでの集団礼拝の段階的な再開を進めてきた。背景には、その時点でのCOVID-19による日別感染者数・死者数が減少傾向を示していたこと、及び、政治・社会的影響力が強い宗教界に配慮せざるを得ない事情があった(『中東かわら版』2020年度No.14参照)。しかし、こうした規制緩和を受けて、感染の再爆発を招いた。
実際、拡大の推移を見ると、日別感染者数は5月2日に802名まで減少したものの、社会経済活動の再開に歩調を合わせるかのように、5月15日には2102名を超え、それ以降も連日2000名以上の新規感染者を出していることがわかる(図2)。日別死者数を見ても、5月16日に35名まで減少した一方で、6月14日には107名に達し、以降、連日100名以上の死者を出している(図3)。
図2 イランにおけるCOVID-19の日別感染者数の推移
(出所)保健省発表をもとに筆者作成。
図3 イランにおけるCOVID-19の日別死者数の推移
(出所)保健省発表をもとに筆者作成
こうした状況下、ロウハーニー大統領は、現在イランは「第3段階」にあるとの認識を示しつつ、国民による健康指針の遵守と、社会経済活動の両立を目指している。今回の規制再強化も、こうした経済対策とCOVID-19対策を両立させる考えから理解されるだろう。しかし、このままCOVID-19拡大が続けば規制の継続を余儀なくされ、米国からの制裁によりただでさえ苦しい財政が、国境封鎖に伴う非石油製品の取引、及び、医療観光などの制限による歳入の減少で、さらに悪化する懸念もある。先例となるイランのCOVID-19対策事情は、他の国にとって重要な教訓を示している。
【参考情報】
*関連情報として、下記レポートもご参照ください。
<中東かわら版>
・「イラン:新型コロナウイルス感染拡大の背景と影響」『中東かわら版』2019年度No.200
・「イラン:新型コロナウイルス対策事情」『中東かわら版』2020年度No.5
・「イラン:新型コロナウイルス対策事情(モスクでの集団礼拝の再開)」2020年度No.14
<中東分析レポート>【会員限定】
・「イランにおける新型コロナウイルス感染拡大の諸要因」R20-01
・「中東各国における新型コロナウイルス感染症の影響」R20-04
<イスラーム過激派レポート>【会員限定】
・「コロナ禍のラマダーンと過激派」M20-04
(研究員 青木 健太)