亡き次男に捧げる冒険小説です。
二四
《タツノオトシヨ》では《コボルド》は一般的な人型生物である。ただし「邪悪」な人型生物として知られており、森や平原の厄介者である。《コボルド》は、《竜》と狩猟犬を足して二で割ったような見てくれをしている。知能は高くなく、他の人型生物に使役されている者がほとんどである。強い者と徒党を組んで寒村や旅人を襲うのが《コボルド》である、というのがこの世界の一般的な認識であった。
そんな悪評の多い《コボルド》が十数メートル先の川向こうから声をかけて来た。どうやら三人の役に立ちたいと思っているようだ。
三人に緊張が走る。《コボルド》が単独で行動するわけがない。どこかに主である《ゴブリン》や《オーガ》が潜んでいるのか?先ほどの戦闘の傷も癒えぬうちに連戦ともなれば、下手をすると命取りだ。三人の背中に冷たいものが流れた。
「僕たちはお前の助けを必要としない。帰れ。」
三人の年長者であるハーラは代表として言葉を発した。毅然とした態度で《コボルド》を追い払おうと、語気を強めて命令した。《コボルド》はやれやれというように首を大きく振る。
「オデは敵じゃないぞ。でも怖がるのはよくわかる。元気そうだから言われた通り帰るよ。じゃな!」
そう言い残すと、這い出て来た藪にまたゴソゴソと潜り込んで行ってしまった。あまりにも素直な《コボルド》の行動に、呆気に取られた三人はしばし口を開けて、《コボルド》が潜り込んだ藪を眺めていた。無言で藪を見つめていると、藪の中から大きな声がした。
「チッチ様、オデは要らねーってさ。」
先ほどの《コボルド》が誰かに声をかけている。
「ヴァッロ!声が大きい!いいから早く帰ってこい!」
《コボルド》とは明らかに違う声が、もっと大きな音で森に轟いた。ごめんなさいよー、とヴァッロと呼ばれた《コボルド》の声がしたきり、渓谷は元の静けさを取り戻した。
「何だったんだろうね、今の。」
誰にともなくテーリが話しかけた。
「わからないが、我々を狙っているという感じじゃあなかったな。なんか可愛かったし。」
ハーラが返事をした。ハーラの言う通り、ヴァッロは《コボルド》にしてはどんぐり眼で愛嬌のある顔つきをしていた。喋り方や這いずり方も、人間の幼児のような癖のあるもので、可愛いと言われればその通りとしか思えない愛くるしさがあった。
【第1話 二五に続く】
次回更新 令和7年1月8日水曜日 午前8時
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用語解説
《ゴブリン》
《タツノオトシヨ》では一般的な人型生物。ロールプレイングゲームの最序盤に現れる雑魚モンスター。基本的には邪悪な存在。D&Dではプレイアブルキャラクターの一つ。
《オーガ》
《タツノオトシヨ》では一般的なモンスター。知能が低いためより高位のモンスターに使役されることも多い。巨人に分類されるが、巨人の中では小型の部類である。
《謎の冒険者 ヴァッロ》
どこか憎めない、愛嬌のある《コボルド》。流暢な標準語を話すが、所々イントネーションがおかしい部分もある。「チッチ」という男の従者であるらしい。テーリたちに近付いた目的は不明。