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イエスさまは一度も御自身を守ろうとはなさらなかった。イエスさまの大切なものは御父のみこころであり、御父が愛されるものだった。
私はもう自分のあれこれを捨てるに何の文句もない。御愛に満ち足らせてくださったから・・。ただ、「守ってあげたいなぁ・・」とため息をつく大切なものはあって、昨日そのことに思を巡らせていた。
その時、「アブラハムの大切なイサクは、神さまにはもっと大切なのだよ」と語る声を心に聞いた。
アブラハムはそのことを知っていたから、ひとり子のイサクを捧げる(実際には寸止めされた)事ができたのだと・・。
ヨブの苦難はそのことに気付いていなかったことである。
アブラハムはイサクに何も告げずに捧げようとした。私も愛する者といっしょに主の内に安らかに住もう。
「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。(イザヤ49:15)