私が仕事から帰るとくノ一が私にこんな話を
華が永久に休んでいる場所(義父の所有)に
「新入の携帯会社のアンテナ基地局の話しがあったみたいだ…」
私「建って欲しくない!」
くノ一「私のものではないから…」
義父の答えはどうするか…
聞きたくない話だった。
他の場所に建てて欲しいよな 華
先程1月7日24時でNTTドコモのPHSサービスはサービスを終えました。
NTTパーソナルからNTTドコモに引継がれ そして…13年のサービス提供だった。
まだPHSはウイルコムがサービスしているが昨夜NTTドコモが撤退という形で終えたのが私としては寂しい限りである。
最初はPHPの名前で聞いていたがPHPの名前は既にPHPという名前の出版社があり名称がPHSに落ち着いた。
私も最初はPHSを使用したがムーバそして今はFOMAを
私個人も仕事でPHSの局内設備の増設工事やドコモ113で故障受付の際PHSの@FREEDなどの問い合わせに対応した思い出もある。
思い出で残念なのは出向先でPHSの工事を請け負っており宮島の柱上設備の開通前修理の際 感電事故に遭われ柱から転落して亡くなられたM課長のことだ
あまりにも残念な事故だった。(メーカーの製品不良とのことだったが…)
なんで課長が柱にまで登らなければいけなかったのか会社の体制(これについては私の思いは何も感じない人が多すぎたと思う)について…
家族の方にしても何故うちの主人が柱に登って…落ちて亡くなったのか…
M課長とは線路と機械の職務の違いはあったが鈴鹿ではソフトボール部や福山では軟式野球部で一緒だった。
それにしても通信サービスの速い時の流れだ 寂しい
今 ここに亡きM課長のご冥福を祈り PHSというサービスのために頑張っていた人がおり
そしてドコモがPHSサービスを提供していた時代があったということを忘れないでおこう。