その写真屋さんは、駅からほど近い大通りに店を構える。
建物は大きくて綺麗なのに、外観のガラスケースには、七五三や成人式、家族写真の数々がところ狭しと並べられ、それなりの歴史がうかがえる。
何年も前、オマーン契約のビザ申請のため、その写真屋さんに写真を撮りに行った。
始めて訪れたその写真屋さんで知ったことは、もういい年であろうおじいちゃんがお店を一人で切り盛りしているということ。
そしておじいちゃん、何とパソコンを駆使して人の顔の陰影を消したり肌を整えたりしてくれる(ほんとはダメなんだろうけど)。笑
その日、写真はとっくに撮り終えて、リタッチ(だからダメなんだってば!笑)し終わってるのに、なぜか話が止まらないおじいちゃん。
お孫さんが海外に写真を勉強しに行ったこと、帰ってから写真家になっていること、自分はお店の隣に住んでいること。
そしておじいちゃん、多摩地区から多摩川沿いを羽田の方まで自転車に乗ってよく出かけるという。
距離にして40キロ弱。
大した距離じゃないな、と思ったけど、往復したら80キロじゃないですか!
「多摩川沿い走ってっとよぉ、ばあさんたちがちんたらウォーキングしてるんだよなぁ」
おじいちゃんは続ける。
「あいつら、何人もで横に広がって歩いってから邪魔でよぉ」
「だからオレは帽子の先端に鈴つけてるんだぜぇ」
?
よく状況を飲み込めてない私を見て、実演するサンタさんのような帽子の先っちょに確かに付けてる鈴は、頭を振るとチャリンチャリンと音をさせる。
「これが聞こえると、ばあさんたちは変な奴が来たって急いで道を開けるんだぜぇ」
・・・
そうですか。
人目を気にすることなく、奇異をてらうおじいちゃんは、元気がなかったその時の私に少し希望を与えてくれた、実は私の人生の中の重要人物なのである。
そんな私に気が付いて、少し大袈裟に話してくれたのかな、と思ったりした記憶を辿り、先日パスポート更新のための写真を撮りに行った。
「パスポートの写真を撮ってもらいたいんだけど、近々撮影に空いてる日ありますか?」
と問う私に、
「これからは七五三とか年末年始で毎週忙しいんだよなぁ」
とカレンダーと睨めっこの結果、
「今でしょ!」
とは言ってませんが、結局その日その場で写真を撮ってもらうことに。
「おめぇ、まずそこに座ってみろぉ」
座る私。
「パスポートだからなぁ。耳は見せろよぉ」
「そこに置いてある鏡持って顔を確認してみろぉ」
手鏡で確認する私。
カシャッ。
「目ぇつぶっちゃいけねえだろぉ」
って私が瞬きした瞬間に写真撮るからでしょぉが!笑
おじいちゃん、親しみを込めての会話かと思ってたけど、どうも素がこれなんだな。
結局10枚以上の写真の中から一番良いものを真剣に選んで(リタッチ・・・だからダメだって!笑)もらった。
写真の裁断もお手のもの。
その後、いつものように話し込むも、私のような物好きが、他愛もない話をしにおじいちゃんに会いにお店を訪れる。
おじいちゃんを独り占めしちゃいけないと写真を握りしめ、お店を後にした。
おじいちゃん、おんとし86歳とのこと。
もう流石に羽田まで自転車で行くことはないらしいけど、私も彼の歳になっても皆が気軽に遊びにくるスタジオで、アサヤを振り回しながらシミーのうんちくを語っていたいもの。笑
次の撮影は10年後のパスポート更新時だろうか。
ちなみにおじいちゃん、私のこと覚えてる訳じゃないんだけどね。笑