どうなる?「埋蔵金」発掘の事業仕分け
2010年7月11日の参院選で民主党が与党過半数割れの大敗を喫し、政局は一気に流動化し始めた。霞が関の「埋蔵金」発掘に欠かせない、特別会計にメスを入れる事業仕分けの先行きにも不透明感が強まりそうだ。逆風の下、東京選挙区で過去最多得票を記録した蓮舫行政刷新相は早速、「事業仕分けは第1弾、第2弾に続き、特別会計にもしっかり入っていきたい」と息巻いたが、果たしてどうなるだろうか。
2010年4月、民主党は特会の検証チームを設けて本格的な検討に乗り出したものの、当初予定していた参院選前の取りまとめを断念した。さらにはマニフェスト(政権公約)の内容も2009年の衆院選からは大きく後退している。
政府・民主党は事業仕分けを通じて改革姿勢をアピールしているが、菅直人首相が消費税増税に突き進むのと反比例するかのように、特会改革への意欲は急速に萎んでいる。
「官僚を敵に回す」議論を避け、消費税増税に突き進む菅政権
「事業仕分けなどの手法を通じて、全ての特別会計を見直し、不要な特別会計は廃止します」――。今回の参院選マニフェストでは、特会改革に関する記述は「原則廃止」とした当初案から大幅に後退。2009年の衆院選で打ち出した「ゼロベースで見直す」との表現も姿を消してしまった。
しかもマニフェストをよく読んでみると、特会の見直しは「国家戦略室の設置」や「社会保障費2200億円削減の撤廃」などと並んで、何とこれまでの取り組みで「実現したこと」に分類されているのだ。
ところが、菅首相は財務相当時、2010年1月の国会答弁で特会改革について「時間がなく十分でなかった」と率直に認めている。その後も具体的な成果など何もないのに、菅政権は霞が関を敵に回す面倒な議論を闇に葬り、消費税増税路線を突っ走っているとしか思えない。
特会の見直しに向けて民主党が重い腰を上げたのは、2010年3月下旬のこと。2010年度予算の成立を受け、党の財務金融・決算行政監視合同議員政策研究会で全ての特会を対象に、各省庁の担当課長らを呼んでヒアリングを集中的に実施した。
これを踏まえて4月上旬には、廃止が決まっている登記特会を除く17特会を対象にそれぞれ検証チームを設置し、その必要性や「埋蔵金」の有無について本格的な検討に入った。その目標は当然、参院選マニフェストに特会改革をどのように書き込むかに絞られていた。
5年前の「直嶋プラン」、特会を3つに減らし国債33兆円圧縮
民主党には実は、野党時代の2005年末にまとめた「直嶋プラン」と呼ばれる特会改革案がある。
塩川正十郎財務相(当時)の「離れでスキ焼き」発言がきっかけとなり、特会改革に乗り出した小泉政権に対抗しようと、民主党の決算行政監視調査会が取りまとめたものだ。調査会の会長が直嶋正行氏(現経済産業相)だったため、党内でこう名付けられて改革案のたたき台となった。
直嶋プランは、当時31あった特会のうち29を統廃合した上で、最終的に国債整理基金、外国為替資金、交付税及び譲与税配付金の3つにまで減らすというドラスティックな内容だった。
例えば、道路整備など公共事業関係の特会は全廃して一般会計に統合。このほか、労働保険や厚生年金など社会保険関係も全て廃止して一般会計に統合するか、新設する公法人に移管するとしていた。
その上で、直嶋プランは各特会が貯め込んでいた積立金を取り崩し、あるいは剰余金を活用して国債残高の33兆円圧縮を打ち出した。一方、小泉政権の改革案は特会を17に削減して国債残高の20兆円圧縮を目指していたから、財政健全化への貢献を考えれば計画上は民主党案の方が大胆だった。
財政投融資、労働保険、年金、エネルギーが一転して「存続」に
マニフェスト2010への提言(特別会計改革の部分)
特別会計制度は国の財政状況をわかりにくくし、また各省庁の「隠れた財布」となって、巨額のムダづかいの温床になっています。このムダづかいをとめるために、特別会計をゼロベースで見直します。
・財政民主主義の観点から財政の一覧性・一元化をはかり国の収支を明確にします。
・特別会計は原則廃止し、存続する事業は「事業仕分け」の手法で一般会計、地方、民間など仕分を行います。
・特別会計の見直しで生ずる「埋蔵金」は一般会計に統合し、国の借金返済にあてるなど財政健全化に努めます。
出所:民主党
全体的に抽象的な内容ではあるが、特会を「原則廃止」と明記した点が最大のポイントだ。同時に非公式ながら、特会の新たな統廃合案もまとめている。
民主党の特会統廃合案(カッコ内は直嶋プラン)
地震再保険廃止(廃止)
財政投融資存続(廃止)
外国為替資金検討中(存続)
国債整理基金存続(存続)
社会資本整備事業廃止(廃止)
自動車安全廃止(廃止)
労働保険存続(廃止)
年金存続(廃止)
国有林野事業廃止(廃止)
農業共済再保険廃止(廃止)
森林保険廃止(廃止)
漁船再保険及び漁業共済保険検討中(廃止)
食料安定供給検討中(廃止)
貿易再保険廃止(廃止)
特許廃止(廃止)
エネルギー対策存続(廃止)
交付税及び譲与税配付金検討中(存続)出所:民主党
「検討中」として結論が出ていない特会が4つある。また、直嶋プランでは「廃止」とされた財政投融資、労働保険、年金、エネルギーの4つが一転して「存続」に変更されたのが目を引く。エネルギー以外の3つは制度の見直しが今後行われるとして、その結果が出るまで存廃決定を先送りするという。一方、エネルギー特会に関しては明確な方針転換である。
「原則廃止」をうたいながら、少なくとも5つの特会を存続させるのは民主党の自己矛盾としか言いようがない。もし「例外的に」存続させるのなら、その理由を誰にでも分かるように説明してもらいたい。
国会で正反対の主張を展開、周囲を「あ然」とさせた民主党議員
「これは一般財源で使われたら困るおカネだ。問題だと思わないのか」
2010年5月22日に開かれた衆院決算行政監視委員会の第2分科会。民主党の吉田おさむ氏は、これまでの党の主張とは正反対の論陣を張り、周囲を「あ然」とさせた。エネルギー特会の検証チームで、吉田氏は主査として議論を取りまとめる立場にある。
エネルギー特会の財源である電源開発促進税と石油石炭税は、いったん一般会計の収入となった後、必要額が特会に繰り入れられる仕組み。特会に繰り入れない金額は一般会計に残ったまま、使途に定めのない一般財源となる。
何れの税も本来はエネルギー関連の特定財源だから、1円たりとも一般財源として活用するのはけしからん――。吉田氏の主張はそういうことだ。
しかし、特会で不要なおカネがあれば「埋蔵金」として可能な限り一般会計で活用するのが、これまでの民主党の主張だったはず。自民党や公明党、社民党、国民新党などもこうした考え方でほぼ一致している。
一般会計を「母屋でおかゆ」、特会を「離れでスキ焼き」に例えた塩川氏に倣えば、吉田氏の主張はこうなる。母屋がどんなに苦しかろうと構わない、離れではスキ焼きを食べ続けるべきだ――
もっともエネルギー特会については、直嶋正行経産相もその5日前に開かれた別の分科会で「無駄な資金が特会に積み上がるという基本的な構造は解消できた」と答弁している。改革の成果をアピールし、存続を容認する考えを示したわけだ。
自らの「直嶋プラン」では「廃止」と明記していたのだから、大幅に後退したと言わざるを得ない。経産省事務方の御進講が功を奏したのだろう。担当者のほくそ笑む姿が目に浮かぶ。
民主党は検証チームのメンバーが中心となり、5月の衆院決算行政監視委員会の各分科会で特会に関する質疑を集中的に行った。
ほとんどの政務三役は直嶋氏のように官僚答弁に終始し、「役所に取り込まれてしまった」(中堅議員)という醜態を晒した。わずかに社会資本整備事業特会について、前原誠司国土交通相が治水勘定の廃止に前向きな発言をしたのが唯一の成果だった。
行政のムダ削減、増税の大前提だったはずだが・・・
民主党の枝野幸男幹事長、玄葉光一郎政策調査会長、蓮舫行政刷新担当相は6月23日、事業仕分けの第3弾について特会を対象に10月半ばに実施すると発表した。
これに先立ち、新人議員を中心に事前調査を行うプロジェクトチームを参院選後に発足させるという。検証チームの活動は「事前調査の前の事前調査」(玄葉氏)に相当し、今後の議論にある程度は反映されるようだ。
消費税については菅首相が「10%」という税率まで示し、2010年度中に結論を出すと明言した。これに対し、特会改革は「いつまでに何をやるかを言える段階ではない」(蓮舫氏)と曖昧なまま。参院選の公示前日に緊急発表したことからも、「選挙対策」に過ぎないのは明らかであり、どこまで本気で取り組もうとしているか全く分からない。
特会改革は、その統廃合を進めてその数をできるだけ減らすと同時に、全体で毎年度数十兆円規模に達する決算剰余金と200兆円近い積立金の中身を精査しなくてはならない。その上で不要なものを「埋蔵金」として掘り起こし、財政健全化に活用する仕組みを確立すべきである。
これによって消費税増税が不要になると言うつもりはない。だが、増税の大前提として行政のムダ削減が不可欠だと言い続けてきたのは、ほかならぬ民主党である。霞が関の官僚に取り込まれ、白旗を揚げている場合ではない。
(以上、JBpressより転載)