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特定失踪者家族からの手紙(3)生島孝子さん

2008-09-29 | 記録
■平沼拉致議連会長へ、特定失踪者家族からの手紙(3)生島孝子さんのお姉さん

 前号に引き続き9月11日、特定失踪者家族と平沼赳夫拉致議連会長・西村真悟幹事長との面会の折平沼会長に託された手紙・要請文書を掲載します。なお、この文書は平沼会長及び会長を通じて拉致議連の議員に渡すと云う当初の趣旨に添い、作成されたもので、政府に対する要望ではありません。
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平成20年9月11日

拉致議連並び議員各位
特定失踪者生島孝子姉生島馨子

 北朝鮮が日本人拉致を認めて6年経過しました。当時、日本政府が北朝鮮に行方不明者の調査要求をした名簿の中に氏名の無い、曽我ひとみさんが居ました。此の事により様々な形で行方不明の家族が名乗り出て(後に特定失踪者と言われる人々)現在400人以上にもなります。

 しかし、政府は特定失踪者に対し何の対応もしていません。そこで下記の2点を御理解いただくとともに、お願い申し上げたいと思います。



1、拉致議連の議員のみでなく全議員の方々に、特定失踪者の現状を正確に知って欲しいと思います。

 イ 特定失踪者は、大別して(少し乱暴ではあるが)3グループになるのではないでしょうか。

[告発したグループ、行方不明当時の状況が非常に似ていて極めて拉致の可能性が高いと思われるグループ、調査会に名乗り出たが拉致であるかどうかは五分五分で、拉致と決めつける事に不安があるグループ]
(それぞれ状況が違うので、極端にいえば400数十通りかも知れません)

ロ 極一部を除き殆どの家族には政府が対応していないことです。

2、政府関係者の「拉致被害者全員」とか「その他にも居ると云う認識のもと」という言葉だけでなく、具体的に何らかの取り組みが出来ないのだろうか。議連として何らかの提案、助言を検討して頂けないものでしょうか。

(政府独自で名簿作成すると云う小さな事でも、政府が無視してはいないという意思表示になると思うのですが。)

 次に政府関係者、一部有識者などは「拉致は1970年代後半から80年代前半」と言っている。これは世間に誤った発信をしていると思うが、如何でしょうか?

 拉致問題解決の交渉相手が北朝鮮であることは明白です。しかし、特定失踪者の背負っている問題点についても、ご理解頂きたいと思います。
(もし詳細を御説明する機会があるのでしたら、幸いです。)

[お断り、このお願は生島個人のものであり私見です。特定失踪者問題調査会及び他の特定失踪者ご家族と、協議したものではありません。]


生島孝子の場合

 妹生島孝子は、昭和47年11月1日突然行方不明となり、37年経過現在67歳になります。
その後、告発はしましたが国からは何の対応もないままです。一部の方が言うように、北朝鮮の体制が変わらなくては取り返せないとしても、その時になってから手をつけたのでは遅すぎます。
その時の為にも今から、調査情報収集を政府が行っておいて欲しいと願います。拉致は主権侵害だ、日本の安全保障の問題だと云いますが、言葉だけで何の具体的行動も伴っていないと思います。政府認定もなくこのままで時間が経過しますと、年齢からみて命の力尽きてしまう可能性もあります。認定者も特定失踪者も時間の経過は同じなのですから、政府に早い時期の関与を望みます。又、日本政府が関与していないと云う事は、北朝鮮に何らかの変化のあったとき、妹孝子の命の保証はないのではないかと懸念します。

 次に、現在活躍している方々は、ほとんど戦後生まれの方で想像がつかないと思うのですが、終戦時での引き揚げ者の困難を思うと、北朝鮮に変化のあった時、名前も明らかにされていない特定失踪者は、その時と同様どのような状況、混乱に巻き込まれるのでしょうか。特定失踪者まで広げては、日朝国交正常化が遅れるなどと考えず、国民の命の重さを感じて欲しいと思います。

 議連の先生方、ぜひご理解の上私たち特定失踪者にもあたたかいご支援を賜りたく、お願い申し上げます。

姉生島馨子
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氏   名 :生島 孝子
失踪年月日 :昭和47(1972)年11月1日
ふりがな :いくしま たかこ
生年 月日 :昭和16(1941)年6月14日
性   別 :女
当時の年齢 :31
身長 体重 :---
公   開 : 第1次公開
当時の身分 :港区役所麻布支所交換手
特    徴:
失踪 場所 : 東京都渋谷区
失踪  状況:当日、一日の年休届けを出し勤め先を休む。朝、同居していた妹に「夕方に電話があったら出かける」と言っていた。衣類の入れ替えをし、夕方クリーニング店に衣類を出している。孝子さんは翌日出勤時に着る服を揃えておいて出かけていた。その夜何の連絡もなく帰宅せず。翌2日夜、自宅に電話があり、しばらく無言の後、「今更仕方ないだろ」と男性の声とともに切れた。平成16年9月29日、警視庁に告発状提出。

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