「消えた277人」より
ご家族のメッセージの記載がある方を、順次ご紹介していきます。
◆山下春夫(やましたはるお)さん
昭和21(1946)年3月25日生れ。泳ぎが得意だった。
昭和49(1974)年8月、福井県小浜市一番町で失瞬。当時二十八歳、会社員。
朝八時の仕事始業時間前に、春夫さんと同居していた大工から「山下さんが昨夜、夜釣りに
出かけたまま戻らない」と報告があった。会社前方の岸壁で本人の作業靴が発見されている。
「健在を祈っている」 山下寛久さん(兄から)現在86才
末弟の山下春夫は昭和四十九年八月、小浜港の堤防で魚釣りに行くと出かけ姿を消しました。
春夫は海辺育ちで水泳も達者で、小浜郵便局近くの岸壁にあった小浜ドックという造船会社に、住み込み職人として四国から働きに来ていた大工さんたち五人の方と寝泊りをしていました。
夏の暑い晩のことで、魚釣りに行ったまま行方不明となりました。会社や市民の大勢の皆さん方に海川の捜索をしてもらった。また海では網を引いてもらったが発見されなかった。
会社にもなれ、仕事もなれ、積送も分かってきたといって、喜んで私に話をしていた者が自ら死を考えるということはない。私は必ず生きていると信じております。平成十四年九月十七
日、金総書記が拉致を認め謝罪し、二十五年ぶりに地村さん夫妻たちが日本に帰ってきた。春夫も北朝鮮に拉致されたのではないかと思っています。日本には多くの拉致された若者がおります。春夫、日本の放送を聞いたら
何かの答えを出してくれ、健在を祈っている。
――――――――――――――――――――――――――――――――
現在61才、失踪から33年
山下春夫さんは、末っ子。お兄さんたちは、80才を越えていますが、地元小浜でも、群馬でも一生懸命活動なさっています。
しおかぜの声が届きますように!
参照リンク
群馬に住む山下さんのお兄さんの言葉(Blue jewelアーカイブ)
「早く戻ってきて」 小浜、山下さん失踪日のつどい
ご家族のメッセージの記載がある方を、順次ご紹介していきます。
◆山下春夫(やましたはるお)さん
昭和21(1946)年3月25日生れ。泳ぎが得意だった。
昭和49(1974)年8月、福井県小浜市一番町で失瞬。当時二十八歳、会社員。
朝八時の仕事始業時間前に、春夫さんと同居していた大工から「山下さんが昨夜、夜釣りに
出かけたまま戻らない」と報告があった。会社前方の岸壁で本人の作業靴が発見されている。
「健在を祈っている」 山下寛久さん(兄から)現在86才
末弟の山下春夫は昭和四十九年八月、小浜港の堤防で魚釣りに行くと出かけ姿を消しました。
春夫は海辺育ちで水泳も達者で、小浜郵便局近くの岸壁にあった小浜ドックという造船会社に、住み込み職人として四国から働きに来ていた大工さんたち五人の方と寝泊りをしていました。
夏の暑い晩のことで、魚釣りに行ったまま行方不明となりました。会社や市民の大勢の皆さん方に海川の捜索をしてもらった。また海では網を引いてもらったが発見されなかった。
会社にもなれ、仕事もなれ、積送も分かってきたといって、喜んで私に話をしていた者が自ら死を考えるということはない。私は必ず生きていると信じております。平成十四年九月十七
日、金総書記が拉致を認め謝罪し、二十五年ぶりに地村さん夫妻たちが日本に帰ってきた。春夫も北朝鮮に拉致されたのではないかと思っています。日本には多くの拉致された若者がおります。春夫、日本の放送を聞いたら
何かの答えを出してくれ、健在を祈っている。
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現在61才、失踪から33年
山下春夫さんは、末っ子。お兄さんたちは、80才を越えていますが、地元小浜でも、群馬でも一生懸命活動なさっています。
しおかぜの声が届きますように!
参照リンク
群馬に住む山下さんのお兄さんの言葉(Blue jewelアーカイブ)
「早く戻ってきて」 小浜、山下さん失踪日のつどい