「記憶の男 / 父の味」
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『週末の翼 -RIDE or DIE!- 』 - 「カレーライスの男」
歌舞伎町二丁目。 直治は、わき目もふらず、まっすぐに、通りを突き進んでいた。 新聞紙にくるまれた小さな包みを片手に。 眼前には、ある面影がちらついていた。
先週末、半年ぶりくらいに、「ある店」 に行ったのだが、そのとき、たまたまじぶんに就いてくれた女の子が、そういった店にはめずらしいタイプだったので、印象に残っていた。
直治は、じぶんの会社の部下たちに連れられて、たまに 「そういった店」 に行くことはあるのだが、そこにいる女たちとは話が合わないため、たいていはしずかに酒を飲んでいることが多かった。
いや、直治は決して、話下手であるとか、おしゃべりがきらいなわけではない。 むしろ、話好きだと自覚していた。 じぶんの好きなロックの話に関してなら、いくらでも際限なくしゃべることができる、と。 けれども、「そういった店」 の女たちに、直治の青春時代のロックの話などしても、わかるはずがないし、変人扱いされるだけであろう、ということを身をもって知っているため、沈黙することにしているのである。 話したくもないのに、あたりさわりのない天気やら仕事の話なんかをしなければならないことほど、直治にとって苦痛なことはなかった。
部下たちへのサービスといったところか、それとも、ふつうのバーで飲むかわり、とでもいうところか、と、あきらめていたが、ここ半年ほど、「そういった店」 からは足が遠のいていた。
それが、なんのきっかけだろうか。 直治自身、よくわからない。 たまたま新宿で仕事があり、その後、映画を観、そして、ふらふらと歌舞伎町を歩いていて、たまたま 「店」 のことを思い出し、たまたま 「ひさしぶりにちょっと寄ってみようかな」 という気を起こし、足を向けたのだが。
その日は、じぶんのなかの 「そういった商売の女」 に対する考えをくつがえしてくれるような、頭がいいけれど ひかえめな、やわらかくも 芯の強そうな、清冽とした女の子が就いてくれたため、たのしいひとときを過ごせたのである。
直治がかたわらに置いていた映画のパンフレットを見て、「この映画、わたしも観に行きたいと思ってるんです。 どうでした?」 とたずねてきた、マキという名の女。
「ああ、これ」 と、直治は、パンフレットをマキに差し出した。 『スクール・オブ・ロック』 という学校とロックを題材とした映画のものである。
「すごくおもしろかったですよ。 ジャック・ブラックがいい味出してました。 それから、音楽がとにかくなつかしくてね。 ツェッペリンの 『移民の歌』 が流れたときには、知らずに身体が反応しちゃって ... 」
「そうなんですか。 おもしろいなら、ぜひ観に行ってみます」
「でも。 失礼だけど、すごくお若そうに見えるけど ... 」
「わたしの彼がとてもロック好きなので、いろいろ聴かされているんです。 彼もレッド・ツェッペリンが大好きなんですよ」
「へえ。 ぼくは、むかしバンドやってたんだけど、ツェッペリンもカバーしたことありますよ。 『天国への階段』」
「わたしの彼もバンドマンなんですが、やはり 『天国への階段』 を ... 」
二人は顔を見合わせた。 そして、ふっと笑い合った。
「ぼくの世代で、バンドをやっていたやつは、みんな 『天国への階段』 をいっしょうけんめいコピーしてたんですよ。 あなたの彼は、ぼくと同じ世代なのかな ... 」 Rolling Stones と同い年 ―― Stones は一九六三年結成 ―― である直治は、なんとはなしにそうつぶやいた。
「そう、だと思います」 とだけ言って、マキはちょっと目をふせた。
なんとなく、それ以上は訊くまい、と思い、直治は、話題を変えた。 そうして、およそ二十歳の年齢差を超えて、二人は、さまざまなロック談義に花を咲かせたのだった。
―― そのときのたのしさが忘れられず、直治は、また 「店」 に来てしまった。 はたして、今日、マキが出勤しているのか、そして、じぶんのことをおぼえてくれているのか、どきどきしながら、店の戸を開けた。
店のなかは、まだうす暗かったが、直治に気づくと、十九歳になったばかりのボーイがあわてて取り次いだ。 直治はマキの名を告げ、案内された席にどっかりと腰をおろした。
少し待って、マキがあらわれた。 少し緊張した面持ちである。 しかし、直治の顔を見ると、にっこりと笑った。
「カトウ専務。 今日はずいぶん、お早いんですね」
「うん。 この近くに住んでる姉貴のところへ寄って、その帰りなんだ」
「そうなんですか ... 」
と言って、マキは口をつぐんだ。 二人のあいだをある種の緊張が走った。 あのたのしかった夜は、まぼろしだったのだろうか、と、一瞬、直治は不安になった。
ふと、直治のかたわらにある包みを見て、マキは、「なにかお買い物の帰りですか?」 とたずねた。
直治は、「ああ、これは」 と、包みを手に取った。 「これは ... 姉貴がつくってくれた、お菓子です。 良かったら、食べますか?」
マキはよろこんでそれを受け入れた。 甘いものが好きなのである。
... そうして、包みをあけながら、直治は、失敗した、と思った。 若い女の子がよろこびそうなこじゃれた菓子ではないからだ。 ひょっとすると、笑われてしまうかも ... とも思ったが、もう言ってしまったものはしょうがない、と、思い切って、テーブルのうえに菓子をひろげた。 包んでいた新聞紙には油がべっとりとしみていた。 中身は、油で揚げたドーナツのような、クッキーのようなもののようだった。
マキはだまって、その菓子を見つめていたが、「じゃあ、いただきます」 と言って、その得体の知れぬ菓子をつまんだ。 ほかに人のいないホールに、さくりさくりという音がひびいた。 直治は、じっとマキの顔をのぞきこんだ。
「なんだか」 と、マキは菓子を飲み込んで言った。 「なつかしい味ですね。 素朴な、あったかい味です」
直治は、ほっとしつつも、「ごめんね。 変なもの、食べさせて」 と、菓子をしまおうとテーブルから引っ込めようとした。 それを、マキはやわらかく制した。「ああ、待ってください。 とってもおいしいですよ。 お姉さまの手づくり、愛情がこもっているんでしょうね」
「うん ... 。 いや、これは、ぼくの親父が、むかしよくつくってくれた菓子を、姉貴が再現してつくってくれたものなんです」 直治は照れくさそうに言った。
「お父さまが?」
「そうなんです。 ぼくが小さかったころ、うちはとても貧しくて、オヤツすらまともにもらえないほどでした。 姉とぼくは、いつも腹をすかして、いらいらして、けんかばかりしていました。 それを見かねた父が、ぼくたちのためにつくってくれたんです。 小麦粉と砂糖と水だけで練って、油で揚げたものなんですがね。 でも、それが、ぼくたちの空腹を癒してくれたんですよ。 この味がわすれられなくてね」 と言って、直治は、菓子をふたたびひろげ、ひとつつまみあげて、眼前にかざした。
マキは、じっとそのかざされた菓子を見つめていた。
「ほんとうのこというと、親父がつくってくれたのと、これは、微妙に味がちがうんです。 粉がちがうのか、水がちがうのか、油がちがうのか。 分量がちがうのか。 使い古しの油で揚げていたせいかもしれませんがね」
「そのときの空腹感が、いまのカトウ専務にはないからか ... 」 と、マキはひとりごとのようにつぶやいた。
「そうですね。 それもあるかもしれません。 けれど、いまだに食べつづけているんですよ。 再現されたものをね。 ほんとは本人に再現してもらえるといいんだけど」
「社長、おいそがしそうですものね」
「うん ... 。 いや。 いまの親父じゃないんですよ」 と、直治は、手にかざしていた菓子を口のなかに放りながら、言った。 マキは小首をかしげるように直治の顔を見た。
「母親が再婚したんです。 この会社の社長とね。 親父は、死にました」 と、直治は、じぶんの背広のボタン穴に挿された社章を指さした。
マキは、表情をうしなって、「ごめんなさい」 とひとことだけ言った。 直治はもくもくと菓子を食べつづけた。
「けど」 マキは、思い切るように、一拍おいて、「お父さまの味は、ずっと専務のこころに残っているんですね」 と言った。 「お姉さまのこころにも。 ずっとずっと、思い出として。 小さいころに培われた味の記憶は、ずっとその人のこころに、残ると言いますものね。 どんなにじぶんが変わってしまったとしても、からだがおぼえているんでしょうね」
直治は、菓子を水割りで飲み下して、ほっと一息ついた。 「そうですね。 いま、ぼくはこんなふうだけれど、こころはあのときのままなんです」 と、じぶんの着ている、見るからに仕立てのいい背広を茶化すように、肩をすくめてみせた。
そして、ふいに、「ねえ」 と言って、マキのほうを向き直った。 「なぜ、この商売をしているのかはわからないけれど、もし、あなたが、ずっとこれをつづけていくのであれば、ぼくは、全面的にあなたをバックアップします。 うちの男社員をすべて、あなたに就いてもらうことにしますよ」
マキは、とつぜんのことで、よくわからず、直治の顔を凝視していたが、やがて、ふっと笑って、「いいえ。 専務」 と言った。 「わたし、この仕事、ずっとやるつもりはないんです。 ちょっと事情があって、お金をためなくちゃいけないんですけど。 目標が達成できたら ... 彼と結婚して、ふたりで、しずかに暮らしていきたいんです」
直治は、マキのまなざしを探るように見つめかえした。 そして、「そっか。 ふたりで、ロックな家庭を築くんですね」 と、はにかみながら言った。
マキは、ちょっとほおを赤らめた。 「すみません、せっかくの、ありがたいお申し出ですけど」
「いや、いいんですよ。 しかし」 と、直治は、ふたたび菓子を口に放りこんだ。 「あなたがこの店にいるかぎり、ぼくはこの店に来ます。 ぼくの話し相手になってください」
マキは、こころからの笑顔で、「はい」 とこたえた。
(完)
BGM:
George Harrison “All Things Must Pass”
関連リンク:
当 blog 内 - 「女をきれいにする方法」
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歌舞伎町二丁目。 直治は、わき目もふらず、まっすぐに、通りを突き進んでいた。 新聞紙にくるまれた小さな包みを片手に。 眼前には、ある面影がちらついていた。
先週末、半年ぶりくらいに、「ある店」 に行ったのだが、そのとき、たまたまじぶんに就いてくれた女の子が、そういった店にはめずらしいタイプだったので、印象に残っていた。
直治は、じぶんの会社の部下たちに連れられて、たまに 「そういった店」 に行くことはあるのだが、そこにいる女たちとは話が合わないため、たいていはしずかに酒を飲んでいることが多かった。
いや、直治は決して、話下手であるとか、おしゃべりがきらいなわけではない。 むしろ、話好きだと自覚していた。 じぶんの好きなロックの話に関してなら、いくらでも際限なくしゃべることができる、と。 けれども、「そういった店」 の女たちに、直治の青春時代のロックの話などしても、わかるはずがないし、変人扱いされるだけであろう、ということを身をもって知っているため、沈黙することにしているのである。 話したくもないのに、あたりさわりのない天気やら仕事の話なんかをしなければならないことほど、直治にとって苦痛なことはなかった。
部下たちへのサービスといったところか、それとも、ふつうのバーで飲むかわり、とでもいうところか、と、あきらめていたが、ここ半年ほど、「そういった店」 からは足が遠のいていた。
それが、なんのきっかけだろうか。 直治自身、よくわからない。 たまたま新宿で仕事があり、その後、映画を観、そして、ふらふらと歌舞伎町を歩いていて、たまたま 「店」 のことを思い出し、たまたま 「ひさしぶりにちょっと寄ってみようかな」 という気を起こし、足を向けたのだが。
その日は、じぶんのなかの 「そういった商売の女」 に対する考えをくつがえしてくれるような、頭がいいけれど ひかえめな、やわらかくも 芯の強そうな、清冽とした女の子が就いてくれたため、たのしいひとときを過ごせたのである。
直治がかたわらに置いていた映画のパンフレットを見て、「この映画、わたしも観に行きたいと思ってるんです。 どうでした?」 とたずねてきた、マキという名の女。
「ああ、これ」 と、直治は、パンフレットをマキに差し出した。 『スクール・オブ・ロック』 という学校とロックを題材とした映画のものである。
「すごくおもしろかったですよ。 ジャック・ブラックがいい味出してました。 それから、音楽がとにかくなつかしくてね。 ツェッペリンの 『移民の歌』 が流れたときには、知らずに身体が反応しちゃって ... 」
「そうなんですか。 おもしろいなら、ぜひ観に行ってみます」
「でも。 失礼だけど、すごくお若そうに見えるけど ... 」
「わたしの彼がとてもロック好きなので、いろいろ聴かされているんです。 彼もレッド・ツェッペリンが大好きなんですよ」
「へえ。 ぼくは、むかしバンドやってたんだけど、ツェッペリンもカバーしたことありますよ。 『天国への階段』」
「わたしの彼もバンドマンなんですが、やはり 『天国への階段』 を ... 」
二人は顔を見合わせた。 そして、ふっと笑い合った。
「ぼくの世代で、バンドをやっていたやつは、みんな 『天国への階段』 をいっしょうけんめいコピーしてたんですよ。 あなたの彼は、ぼくと同じ世代なのかな ... 」 Rolling Stones と同い年 ―― Stones は一九六三年結成 ―― である直治は、なんとはなしにそうつぶやいた。
「そう、だと思います」 とだけ言って、マキはちょっと目をふせた。
なんとなく、それ以上は訊くまい、と思い、直治は、話題を変えた。 そうして、およそ二十歳の年齢差を超えて、二人は、さまざまなロック談義に花を咲かせたのだった。
―― そのときのたのしさが忘れられず、直治は、また 「店」 に来てしまった。 はたして、今日、マキが出勤しているのか、そして、じぶんのことをおぼえてくれているのか、どきどきしながら、店の戸を開けた。
店のなかは、まだうす暗かったが、直治に気づくと、十九歳になったばかりのボーイがあわてて取り次いだ。 直治はマキの名を告げ、案内された席にどっかりと腰をおろした。
少し待って、マキがあらわれた。 少し緊張した面持ちである。 しかし、直治の顔を見ると、にっこりと笑った。
「カトウ専務。 今日はずいぶん、お早いんですね」
「うん。 この近くに住んでる姉貴のところへ寄って、その帰りなんだ」
「そうなんですか ... 」
と言って、マキは口をつぐんだ。 二人のあいだをある種の緊張が走った。 あのたのしかった夜は、まぼろしだったのだろうか、と、一瞬、直治は不安になった。
ふと、直治のかたわらにある包みを見て、マキは、「なにかお買い物の帰りですか?」 とたずねた。
直治は、「ああ、これは」 と、包みを手に取った。 「これは ... 姉貴がつくってくれた、お菓子です。 良かったら、食べますか?」
マキはよろこんでそれを受け入れた。 甘いものが好きなのである。
... そうして、包みをあけながら、直治は、失敗した、と思った。 若い女の子がよろこびそうなこじゃれた菓子ではないからだ。 ひょっとすると、笑われてしまうかも ... とも思ったが、もう言ってしまったものはしょうがない、と、思い切って、テーブルのうえに菓子をひろげた。 包んでいた新聞紙には油がべっとりとしみていた。 中身は、油で揚げたドーナツのような、クッキーのようなもののようだった。
マキはだまって、その菓子を見つめていたが、「じゃあ、いただきます」 と言って、その得体の知れぬ菓子をつまんだ。 ほかに人のいないホールに、さくりさくりという音がひびいた。 直治は、じっとマキの顔をのぞきこんだ。
「なんだか」 と、マキは菓子を飲み込んで言った。 「なつかしい味ですね。 素朴な、あったかい味です」
直治は、ほっとしつつも、「ごめんね。 変なもの、食べさせて」 と、菓子をしまおうとテーブルから引っ込めようとした。 それを、マキはやわらかく制した。「ああ、待ってください。 とってもおいしいですよ。 お姉さまの手づくり、愛情がこもっているんでしょうね」
「うん ... 。 いや、これは、ぼくの親父が、むかしよくつくってくれた菓子を、姉貴が再現してつくってくれたものなんです」 直治は照れくさそうに言った。
「お父さまが?」
「そうなんです。 ぼくが小さかったころ、うちはとても貧しくて、オヤツすらまともにもらえないほどでした。 姉とぼくは、いつも腹をすかして、いらいらして、けんかばかりしていました。 それを見かねた父が、ぼくたちのためにつくってくれたんです。 小麦粉と砂糖と水だけで練って、油で揚げたものなんですがね。 でも、それが、ぼくたちの空腹を癒してくれたんですよ。 この味がわすれられなくてね」 と言って、直治は、菓子をふたたびひろげ、ひとつつまみあげて、眼前にかざした。
マキは、じっとそのかざされた菓子を見つめていた。
「ほんとうのこというと、親父がつくってくれたのと、これは、微妙に味がちがうんです。 粉がちがうのか、水がちがうのか、油がちがうのか。 分量がちがうのか。 使い古しの油で揚げていたせいかもしれませんがね」
「そのときの空腹感が、いまのカトウ専務にはないからか ... 」 と、マキはひとりごとのようにつぶやいた。
「そうですね。 それもあるかもしれません。 けれど、いまだに食べつづけているんですよ。 再現されたものをね。 ほんとは本人に再現してもらえるといいんだけど」
「社長、おいそがしそうですものね」
「うん ... 。 いや。 いまの親父じゃないんですよ」 と、直治は、手にかざしていた菓子を口のなかに放りながら、言った。 マキは小首をかしげるように直治の顔を見た。
「母親が再婚したんです。 この会社の社長とね。 親父は、死にました」 と、直治は、じぶんの背広のボタン穴に挿された社章を指さした。
マキは、表情をうしなって、「ごめんなさい」 とひとことだけ言った。 直治はもくもくと菓子を食べつづけた。
「けど」 マキは、思い切るように、一拍おいて、「お父さまの味は、ずっと専務のこころに残っているんですね」 と言った。 「お姉さまのこころにも。 ずっとずっと、思い出として。 小さいころに培われた味の記憶は、ずっとその人のこころに、残ると言いますものね。 どんなにじぶんが変わってしまったとしても、からだがおぼえているんでしょうね」
直治は、菓子を水割りで飲み下して、ほっと一息ついた。 「そうですね。 いま、ぼくはこんなふうだけれど、こころはあのときのままなんです」 と、じぶんの着ている、見るからに仕立てのいい背広を茶化すように、肩をすくめてみせた。
そして、ふいに、「ねえ」 と言って、マキのほうを向き直った。 「なぜ、この商売をしているのかはわからないけれど、もし、あなたが、ずっとこれをつづけていくのであれば、ぼくは、全面的にあなたをバックアップします。 うちの男社員をすべて、あなたに就いてもらうことにしますよ」
マキは、とつぜんのことで、よくわからず、直治の顔を凝視していたが、やがて、ふっと笑って、「いいえ。 専務」 と言った。 「わたし、この仕事、ずっとやるつもりはないんです。 ちょっと事情があって、お金をためなくちゃいけないんですけど。 目標が達成できたら ... 彼と結婚して、ふたりで、しずかに暮らしていきたいんです」
直治は、マキのまなざしを探るように見つめかえした。 そして、「そっか。 ふたりで、ロックな家庭を築くんですね」 と、はにかみながら言った。
マキは、ちょっとほおを赤らめた。 「すみません、せっかくの、ありがたいお申し出ですけど」
「いや、いいんですよ。 しかし」 と、直治は、ふたたび菓子を口に放りこんだ。 「あなたがこの店にいるかぎり、ぼくはこの店に来ます。 ぼくの話し相手になってください」
マキは、こころからの笑顔で、「はい」 とこたえた。
(完)
BGM:
George Harrison “All Things Must Pass”
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