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青息吐息

2004年06月10日 21時34分40秒 | 想在
 「青息吐息」 のことを、むかし、「青色吐息」 だと思っていた。 あおいいろの吐息、のことだと。


「青息吐息」
 非常に困ったときや、きわめて苦しいときに出るため息のこと。


 そういう状態のことを指す場合もあるようで、「青息吐息でがんばった」 とか 「青息吐息であったが、たえてみせた」 などと書かれている文章を見かけることもあるが。

 このことば自体、ほんとうは、私にはなじみがない。 いまではあまり使われることがないのだろうか。

 そもそも、「青息吐息」 するほど、顔を青ざめさせて困り果てたり、苦しみぬく、ということが、いまでは、ほとんどなくなってしまったのだろうか?

 そして、「青息吐息」 をつかなくなり、苦しみをくぐりぬけることを知り得なくなってから、キレる若者、というのが増えだしたのだろうか ... ?
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[蝶-3] ほおづえをつかない女

2004年06月10日 17時32分37秒 | 現実と虚構のあいだに
 「ほおづえをつかない女」



 trackback to;
 『砂蜥蜴と空鴉』 - 「♯1 ほおづえついて 」





 午後六時。 まったく、一分のすきもなく身支度を整え終えて、シオリは、「待合席」 に向かい、タバコに一本、火を点けた。

 そして、まだ一組しか席のうまっていない 「店」 のなかをぐるりを見回し、ビロードのカバーがかけられたソファーにゆったりと背をたおしながら、ふかく吸ったけむりを吐いた。 黒服の年配のボーイが、だまってコップに一杯水をくんできた。 「客」 を待っているあいだ、シオリは、水を一杯飲むことにしているのである。 シオリは、塗りたての口紅が落ちないよう、注意しながら、コップに口をつけた。

 待合席には、すでに、短いスカートにピンヒールの靴を履いた女たちが座っていて、それぞれ談話していた。 高価なのに、どこか安っぽい、さまざまな香水の匂いがまじりあって、むせかえるようだった。

 シオリは、じぶんのとなりに座っている、まだごく若い女に向かって、「えっと、なにさんだっけ? ああ、レイラさんだ」 と、低くつぶやくように言った。 声をかけられた女は、そっとシオリの顔をのぞきこんだ。

 「そのスーツ、すてきだけど」 と言って、シオリは、その店でレイラと名乗っている女の シャネルふうのツイード・スーツから足元へと視線を落とした。 「靴が、だいぶ傷んでるね。 いくらいい服着てても、靴がボロだと、だいなしになっちゃうよ。 『羊たちの沈黙』 って観た? スーツは上等なのに、靴がお粗末だって、指摘されてたよね」

 そう言われ、レイラは はずかしそうに口ごもっていた。 シオリは、ふっと笑って、

 「足のサイズ、いくつ? 二十三半なら、あたしの貸してあげる。 ロッカーに入ってるから、好きなの履いていいよ」 と、まるで小さな女の子にでも対するように、なだめすかすような口調で、ゆっくりと言った。 レイラは、じゃあ、貸してください、とこたえるほかはなかった。 シオリは、なにも言わず、じぶんのロッカーの鍵を差し出した。 レイラは、無防備にロッカーの鍵を渡すなんて、と、一瞬ひるんだが、この店の 「ナンバー・ワン」 であるシオリには、万が一のことすらも起こらないという、絶対的な自信があるのだろう、と思い、鍵を受け取って奥の部屋へ向かった。

 シオリは、タバコをもみ消すと、目のまえに置かれたコップの水を一口飲んだ。 そして、真正面に座っているナギサという女に向かって、「ねえ」 と声をかけた。

 「あのね、ここでお客さんを待っているあいだは、足は組まないほうがいいよ。 足組むのが似合うのは、ほんとに脚がきれいで、まっすぐな人だけなんだから。 ここは、お客さんには見えない位置にあるけど、男の人ってね、見てないようで、見てるのよ」

 ナギサは、むっとしたように、〈どこに男がいるのか、まだ一人しか客がいないではないか〉 とでも言いたいかのような顔をしたが、無言で足を正した。

 シオリは、「脚がいちばんきれいに見えるのは、ひざをそろえて、ななめに。 足元はちょっと下げぎみに」 と言って、手本を示した。 なるほど、たしかに、細く、長く見える、と、ナギサは言われた通りに足をそろえた。 そうすると、自然と背筋がぴんと伸びた。

 「そうそう。 姿勢も良くなるでしょ。 姿勢ってのは大事だよ。 姿勢がいいだけでも、印象が変わるからね。 それに、足を組んでるとО脚になるっていうでしょ」 と、シオリはにっこりと笑った。 ナギサもひきつったように笑顔を返した。

 それから、シオリは、次なる標的を見定めるように、ぐるっと周りを見回して、ある女に視線を注いだ。 その女は、テーブルにひじをついてほおづえついて、ぼうぜんともの思いにふけっていた。 昨夜ひさしぶりに会えた男との情事を思い返しているのであった。

 「えっと、なにさんだっけ? ああ、ナオミさんだ。 今日からだよね」 と、シオリに声をかけられると、ナオミは、びくりと身体をふるわせ、にらむようなまなざしでシオリの顔を見た。

 「ここでほおづえつくのは、やめたほうがいいよ。 なんだか、やる気がないみたいじゃない? 家でするぶんにはかまわないけど」 と、シオリがゆっくりそう言うと、はっとしたように、手のひらに乗せられていたあごを上げた。

 「すみません、つい、くせで」

 「うん、わかるよ。 くせって、だれにでもあるよね」 と、シオリは、にこやかに言った。 ナオミはちょっとほっとしたような様子を見せた。 しかし、シオリは、つづけて、

 「『ほおづえが世界に与える影響について』 ってのを考えてるえらい学者さんもいるんだよね」 とつぶやいてから、

 「でもね、ほおづえってね、ほんとにあったの、知ってる? 木でできた、あごのせ。 首が悪い人とかがあごをのせて、本読んだりするときに使ってたのかな。 まえにね、黒姫の小林一茶の生まれた家ってのに行ったとき、あたし、実物見たんだ。 小林一茶って、ほおづえを愛用してたんだって。 あれにあごをのせて、俗世間のこと、浮き世のさだめのことなんかを考えてたのかな、って思うけど。 でもね、ここでは、お客さんのことしか考えちゃだめ。 考えてなくても、考えてるふりをしなきゃ。 ほかの男のこと考えて、もの思いにふけってる姿見たら、お客さん、ひくよ」 と、はっきりとした口調で一気に吐き出した。

 そういわれて、ナオミは泣き出しそうなのをこらえるように、目を開いていた。 しばらく、シオリは、その顔をじっとのぞきこんでいたが、やがて、顔をそむけ、タバコにふたたび火を点けた。

 ひょっとすると、ナオミは店をやめてしまうかもしれない。 けれど、それは仕方のないことだ、と、シオリは思っていた。 シオリのきびしい指摘やら忠告にも負けずに残ったものの多くが、現在、この店で高い位置にいるということを、知っているからだった。

 そして、なぜ、シオリがこの店で 「ナンバー・ワン」 の座を守りつづけているのかを知っている女たちは、だれも、足を組んだり、ほおづえをつかない、ということを、わかっているからだった。

 そのうち、「シオリさん、ご指名入りました ! 」 という声がかかると、シオリは、ゆっくりと立ち上がった。 そして、六時前に店にやってきたカトウという とある会社の専務を接客しているマキという女のほうへ、ちらりと目をやってから、すべるようにじぶんの客のもとへ歩いていった。



 (完)





 関連リンク : 当 blog 内
 「女をきれいにする方法」
 「記憶の男 / 父の味」



 BGM:
 ‘Lady Madonna’
 (The Beatles でも、 Rolling Stones でも、Fats Domino でも。 お好きなバージョンで)
コメント (6)
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