「夕方五時のメロンパン」 「夜の蝶・番外編」
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『目指せ!シナリオライター!!』 - 「メロンパンに関する四題噺。まとめ!」
『◆書く/読む/喋る/考える◆』 - 「ヘルシー」
『嘘の吐き方(うそのつきかた)』 - 「サンタクロースのメロンパン」
『砂蜥蜴と空鴉』 - 「機械預言者」
『目指せ!シナリオライター!!』 - 「メロンパンのある風景」
『何となく奈伽塚ミント』 - 「とある雑談から生まれた企画」
某ウィルス対策ソフトのコールセンター。 およそ三月まえ、NetSky が猛威を奮ったときに駆り出された派遣会社の女たちが、ところ狭しとじぶんの居所を確保し合っていた。 まるで蜜蜂の巣のように、狭いながらもそれぞれが、守るべきじぶんの城を持っているのであった。
午前九時三十分から、午後五時三十分まで。 電話が鳴りっぱなしのときもあれば、ほとんど鳴らないときもある。 ここ数週間は、こわいくらい静かな日々がつづいていた。 フツウのユーザーなんて、ウィルスが流行ったときくらいしか対策ソフトに興味を持たないものなのだろう。
気のとおくなるほど弛緩した時間のなかで、ほんの少しでも気を紛らわせようと、女たちは、それぞれ、思い思いの対策を講じていた。
こっそりとゲームをやる者。 インターネットを閲覧する者。 メール書きをする者。
〈夕飯のおかず、なにしようかしら?〉 〈ケーキ食べたい〉 〈今日のあれ、録画してくるのわすれた〉 〈あの人、またタバコ吸いに行って戻ってこない。 もう二十分くらい吸ってるんじゃない?〉 〈あ、はじまっちゃったみたい。 どうしよう、せっかくいいパンツはいてきたのに〉 ―― それぞれの考えごとにふける者も。
なかには大胆にも、じぶんの webpage の更新をしたり、blog を書いたり、ファイル交換ソフトを使って、音楽ファイルをダウンロードしている者もいた。 ウトウトと寝ている者さえ。
夕方五時。 あと三十分で終わるところだが、この三十分がどうしてもがまんできない。
ナオミは、いつものパン屋で買った、いつものメロンパンを、ビニールの袋をカサカサいわせながら取り出した。 マイク付きヘッドフォンのマイクを少しずらして、その丸い塊に喰らいついた。
メロン風味のさわやかな香りが口のなかにひろがった。 頭上はるか、天空よりあらわれ、天空より去りゆく飛行機のジェット音のような衝撃。 目が醒める。 映画ならば、The Beatles の ‘Back in the U.S.S.R.’ の出だしが鳴り響くであろうか。
メロンパン上部のしっとりとしたビスケット生地が、日々の電話応対で酷使され、渇ききった上下の口蓋にぺっとりとはりついた。 その感じが、ナオミをイライラさせるのだが、それがまた、官能的な不快感でさえもあった。 ヘッドフォンをしているため、メロンパンを噛む音が、妙にくちゃくちゃと、じぶんの脳内に響いた。
ペットボトルの茶で、メロンパンを流し込む。 ほんとうは牛乳がいいのだけど。 小さいころから、メロンパンには牛乳だったのだ。 ナオミは、メロンパンの香りを殺してしまう茶の渋味を憎んだ。
それでも、思いきりよく、ほぼ五口で食べきると、ナオミは、指先にはりついたメロンパンの生地を、丁寧に丁寧に舐めた。 あますところなく。
となりの席の女が、ちょっといじわるそうに、「谷崎さんって、いつも夕方メロンパン食べてるよね」 と言ってきた。 となりの女は、ダイエット中なので、メロンパンをいつもうまそうに食べているナオミが、なんとなく目障りなのであった。
ナオミは、あまり気にもとめず、「夕方五時のメロンパンがないと、夜がはじまらないの」 とだけ言った。 きっと、この女には、なんのことかわからないだろう、と思ったけれど。
仕事のあとの一杯。 食後の一服。 汗をかいたあとの一風呂。 したたか呑んだあとの一杯のラーメン。 ―― この夕方五時のメロンパンは、それらと同じくらい、ナオミにとっては意味のあるものなのだ。 わからない人には、わからなくて、いい。
五時半になった。 ナオミは、ねこのように思い切り伸びをした。 ゆるんでいた頭のねじが締め上げられた。
そして、すべてのアプリケーションを終了し、コンピューターをシャットダウンすると、撓る(しなる)ようないきおいをつけて立ち上がった。 みずからの身体を鞭を打つかのように。
そして、第二の仕事をしに、新宿歌舞伎町を目指して、オペレイター室をふわりと去っていった。 夜の 「リップ・サービス」 にそなえ、まるで反芻するかのように、メロンパンの味を思いかえしながら。
(完)
BGM:
Pete Shelley ‘Telephone Operator’
(元 Buzzcocks のヴォーカリスト、Pete Shelley の作品。
数年前、NTT DoCoMo のテレビコマーシャルに使用され、再評価されたとか ... ?)
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『嘘の吐き方(うそのつきかた)』 - 「サンタクロースのメロンパン」
『砂蜥蜴と空鴉』 - 「機械預言者」
『目指せ!シナリオライター!!』 - 「メロンパンのある風景」
『何となく奈伽塚ミント』 - 「とある雑談から生まれた企画」
某ウィルス対策ソフトのコールセンター。 およそ三月まえ、NetSky が猛威を奮ったときに駆り出された派遣会社の女たちが、ところ狭しとじぶんの居所を確保し合っていた。 まるで蜜蜂の巣のように、狭いながらもそれぞれが、守るべきじぶんの城を持っているのであった。
午前九時三十分から、午後五時三十分まで。 電話が鳴りっぱなしのときもあれば、ほとんど鳴らないときもある。 ここ数週間は、こわいくらい静かな日々がつづいていた。 フツウのユーザーなんて、ウィルスが流行ったときくらいしか対策ソフトに興味を持たないものなのだろう。
気のとおくなるほど弛緩した時間のなかで、ほんの少しでも気を紛らわせようと、女たちは、それぞれ、思い思いの対策を講じていた。
こっそりとゲームをやる者。 インターネットを閲覧する者。 メール書きをする者。
〈夕飯のおかず、なにしようかしら?〉 〈ケーキ食べたい〉 〈今日のあれ、録画してくるのわすれた〉 〈あの人、またタバコ吸いに行って戻ってこない。 もう二十分くらい吸ってるんじゃない?〉 〈あ、はじまっちゃったみたい。 どうしよう、せっかくいいパンツはいてきたのに〉 ―― それぞれの考えごとにふける者も。
なかには大胆にも、じぶんの webpage の更新をしたり、blog を書いたり、ファイル交換ソフトを使って、音楽ファイルをダウンロードしている者もいた。 ウトウトと寝ている者さえ。
夕方五時。 あと三十分で終わるところだが、この三十分がどうしてもがまんできない。
ナオミは、いつものパン屋で買った、いつものメロンパンを、ビニールの袋をカサカサいわせながら取り出した。 マイク付きヘッドフォンのマイクを少しずらして、その丸い塊に喰らいついた。
メロン風味のさわやかな香りが口のなかにひろがった。 頭上はるか、天空よりあらわれ、天空より去りゆく飛行機のジェット音のような衝撃。 目が醒める。 映画ならば、The Beatles の ‘Back in the U.S.S.R.’ の出だしが鳴り響くであろうか。
メロンパン上部のしっとりとしたビスケット生地が、日々の電話応対で酷使され、渇ききった上下の口蓋にぺっとりとはりついた。 その感じが、ナオミをイライラさせるのだが、それがまた、官能的な不快感でさえもあった。 ヘッドフォンをしているため、メロンパンを噛む音が、妙にくちゃくちゃと、じぶんの脳内に響いた。
ペットボトルの茶で、メロンパンを流し込む。 ほんとうは牛乳がいいのだけど。 小さいころから、メロンパンには牛乳だったのだ。 ナオミは、メロンパンの香りを殺してしまう茶の渋味を憎んだ。
それでも、思いきりよく、ほぼ五口で食べきると、ナオミは、指先にはりついたメロンパンの生地を、丁寧に丁寧に舐めた。 あますところなく。
となりの席の女が、ちょっといじわるそうに、「谷崎さんって、いつも夕方メロンパン食べてるよね」 と言ってきた。 となりの女は、ダイエット中なので、メロンパンをいつもうまそうに食べているナオミが、なんとなく目障りなのであった。
ナオミは、あまり気にもとめず、「夕方五時のメロンパンがないと、夜がはじまらないの」 とだけ言った。 きっと、この女には、なんのことかわからないだろう、と思ったけれど。
仕事のあとの一杯。 食後の一服。 汗をかいたあとの一風呂。 したたか呑んだあとの一杯のラーメン。 ―― この夕方五時のメロンパンは、それらと同じくらい、ナオミにとっては意味のあるものなのだ。 わからない人には、わからなくて、いい。
五時半になった。 ナオミは、ねこのように思い切り伸びをした。 ゆるんでいた頭のねじが締め上げられた。
そして、すべてのアプリケーションを終了し、コンピューターをシャットダウンすると、撓る(しなる)ようないきおいをつけて立ち上がった。 みずからの身体を鞭を打つかのように。
そして、第二の仕事をしに、新宿歌舞伎町を目指して、オペレイター室をふわりと去っていった。 夜の 「リップ・サービス」 にそなえ、まるで反芻するかのように、メロンパンの味を思いかえしながら。
(完)
BGM:
Pete Shelley ‘Telephone Operator’
(元 Buzzcocks のヴォーカリスト、Pete Shelley の作品。
数年前、NTT DoCoMo のテレビコマーシャルに使用され、再評価されたとか ... ?)