今日は土曜日なので、午前中で仕事終了、でも、在宅の仕事がありまして、午後2時前まで仕事しておりました。
突発性間質性肺炎の患者さんのステロイドパルス療法を在宅で施行しておりました。メチルプレドニン1000㎎/dayの点滴3日目でした。
突発性間質性肺炎の急性増悪は手強いです。やはり、ステロイドだけでは効果が薄い様です。次週からは免疫抑制剤の併用も考慮する必要がありそうです。しかし、そんな先鋭的な治療を在宅でしてもいいのかどうか、迷ってはおります。でも、患者さんは・・・入院が大嫌いなのですよね。入院治療を幾ら勧めても、頑として受け入れてもらえないです。
私自身、病気になったと考えた時に、入院加療は避けたいので、出来るだけ在宅で治療したいと思っています。ですから、分かるのですよ。
彼に入院治療を大嫌いにさせた病院の対応に問題があったとは思います。そして患者さんの性格。他人の支配する空間で生活することに耐えられないのです。それって私と同じ種族の人間ですね。私も入院などという奴隷生活は絶対にしたくない種族です。入院と懲役、私には同じに映ります。それが分からない人が不思議であります。
私は病気になったら、私自身に在宅治療に当たった欲しいですが、それ、不可能ですから、友人の医師に委ねようとは思っております。でも、可能な限り、自分で指令を出し続けると思います。!!
入院が嫌いな患者さん、複数の大病院の対応に問題があったことは確かだと思うのですが、今更そんなことを言ってもどうしようもないです。でもね、大病院に勤務している医師は、大病院の金看板を背負っていることを十二分に意識していただきたいです。病院辞めて独立したら、看板亡くしたただの医者なのですよ。
入院治療も出来ないし、自分だけでは24時間のうちの8時間も対応することも困難になるのです。訪問看護師と言う強い味方がいて、その協力を仰げば、何とか24時間の対応が可能となりますが、そうはいっても一人で出来ることは本当に少ないです。病院医師はそのあたりを全く分かっていません。金看板の下でスーパーマンになった様に思い込んでいます。おだてあげられて凧みたいに舞い上がったお馬鹿であることを全く理解していません。
たまーにそれを理解してくれている病院医 天理よろづ病院の久須美先生のような神の様に理解力のある医師もおられますが・・・・極めて極めて稀な存在です
在宅での24時間対応には、在宅訪問看護師、訪問ヘルパーなどとの連携が必須です。病院医師はそれが分かっていない、理解できていない方が殆どです。それは、病院医師が医療連携を理解出来ない医療教育システムの元に教育されているからだと私は理解しています。紹介状で馬鹿野郎と思う医師でも、一人一人とゆっくり話してみれば、わかっていただけることが多いです。事態は少しづつ改善されては来ていますが、悲しいかな、まだまだ在宅医療は理解されていません。
今後、家で最期まで過ごしたいと思う超高齢者が増え続けます。これを読んでくださっているあなた自身がそうなる可能性大です。
貴方は病院のベッドで死にたいですか?
それとも、死に至るまで、出来るだけ自宅で普段通りに生活し続けたいですか?
死に直面した高齢者が増加し、年間死者が140万人以上という時代が続く今後です。
家で、畳の上で死にたい 日常生活の延長線上で命を終えたいと考える方、とてもとても多いです。出来れば病院のベッドで死にたいなんて思っている方、私知らないです。貴方は、どうなのでしょうか?
生活の延長上で、畳の上で死にたいと思っておられるのなら、最後まで診てくれる医師を探してその先生に主治医を替えることをお勧めします。在宅死まで見届けてくれる医師は少数派です。
家で死にたいのであれば、自宅で死ぬことを見届けてくれますか?と、念を押して確認しましょうね1!
医者がそんなこと言うか!と怒られることも多いのですが・・・ヒトの死亡率は100%です。誰も死を避けられません。どう転んでも死亡率は100%なのです。
誰も必ず死にます。場所として、病院で死にたいですか?日常生活の延長上で死にたいですか???? 必ず来る問題です。深ーく考えてくださいね!!!
でも、やはりいざその時となれば、直に診察・診断していたお医者さんが必要だと思いました。
うちの場合、そうなってしまうよう、むりやり持ち込まれたケースではあります。
書類上だけでついてしまった間質性肺炎という実態とのかけ離れた(病)名によって、診察病院と、実態知る私を排除していた介護者が呼んだ別のお医者さん(極端に患者自身をみないタイプだったのです)との連絡を、変にされてしまっていました。
環境もありますが、まずは看護師さん含め、直にみる人の見方とそのつなぎが大きいですね。
私も昔は断然、自宅でないとと考えていましたが、たまたま大病院診察のお医者さんが良かったのか、母は反例になってしまいました。
まずはあの病名は使うべきではありません。「心臓と肺がいつか止まる病/老化とは言えない病」と言っているようなものでした。
問題は、病名ではなくて、医師との信頼関係だと強く思います。
難しい問題かもしれませんが、私は信頼関係を重視していきたいと思っています。
ゲフィニチブの副作用症状を間質性肺炎と呼んだのが起こりだと思うのですが、おそらく最終症状を見越して他にも流用させてしまったのでしょう。
母の場合は最後、肺炎症状とは無関係だったのです。なんにせよ、レアケースには違いありませんけれども。
主症状と病名が合わないというのは、避けていただいての原因を表す病名になってほしいという率直な思いです。現在、臨機応変に病名を見直すシステムではないのでは?
どんなことでもそうですが、すべてを見逃さない、つなげる、そのためにどうするかは常に善処に人それぞれのオーダーメイドであってほしいというのが願いです。
適確な病名はもちろん、人が見逃しがちなちょっとしたことが全てを左右します。