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23、地獄の火は物質的火「地獄(第二の死と云われる永遠の滅び)」『煉獄と地獄』

2023-09-06 06:20:42 | 天国・地獄

マキシム・プイサン神父「地獄(第二の死と云われる永遠の滅び)」『煉獄と地獄』岸和田天主会教会、1925年

23、地獄の火は物質的火

 聖トマ及び一般神学博士らは「地獄の火は真の火、消えざる火、永遠の火、であって、物を焼けどもその物は灰化せず無にならない、霊肉にかかわらずしみとおる烈火である。」と云っている。

 これは天主より教えられて教会が伝える信仰箇条であるところで、この火は我々がこの世に於て平常に使用する火と同じものであるが、聖者トマは先づ古い昔の哲学者について「彼らは未信者のこととて肉身のよみがえりを信ぜねども一般人類の伝えるの如く、来世に於て復讐の火があり、それは霊魂の性質と等しく霊的火である云云」と云っておる。

 肉体を苦しめるがそれを無にせぬ、在にもせぬ、しかも霊魂まで復讐するとの意味で、地獄の火は現世の火が物を燃して灰にし、無にするのとは全然違う物質的真の火であると云うのである。さてその物質的な火がどうして公審判の日まで肉身と離れて無形の霊魂を苦しめる事が出来るのかと疑うかも知れぬが、この問題は先ず以て地獄の恐ろしき苦しみの真実なる事を明らかにして悟らねばならぬ。我々公教会のあやまり得ざる教えによって、罪人の霊魂は死後ただちに地獄に落ちて火に投ぜられる事を承知している。しかるに罪人の肉身は公審後復活するまで墓地に埋没せられているのであるから、それまで只霊魂のみが苦しみを受くるのである。

 罪人の霊魂は一度肉身と離れるやあたかも悪魔と同様な有様となり、彼らと同じ火の苦しみを受くるのである。悪魔は形がない、しかし罪人の体は世の終りに当って地獄へ投げ入れられ、終りなき火の苦しみを受け「呪われたる者よ。我を離れて悪魔とその使いらのために備えられたる永遠の火に入れ」(マテオニ十五~四十一)と云うイエズスの聖言葉によって明らかにされている。
それを信ずるには必ずしも知る事を必要としないのである。

 天主が真理を御示し下さるのは、我々の精神を照らしてその御啓示に従わせる為であって、決して我々の好奇心を満足せしむるのを目的とするのではない。我々は信仰によって事実と真実を知っているのであるから、その事が不可能でないと云う事だけわかれば沢山なのである。我々自身に於ても常にその五感に及ぽす無形なる思望などが、精神に影響を及ぼすのを認あており、我々の体は有形であっても無形の霊魂からいろいろな感じを知らず知らずの間に、毎日受くるのである。

 即ち地獄に落ちた霊魂又、火に付いても同じ証拠となる煉獄の霊魂は、天主の摂理によって、この世の人に現われた証拠としていつも火の印を残すのである。





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