空腹のパリ! その五日間のなかで、一度だけとびっきりおいしい料理に巡り会えました。
まあ、いってみれば、ムール貝の鍋物。ムール貝だけを寸胴の鍋で煮たものでした。
これもまた、場所も店の名前も思い出せません。
にぎやかな通りで、近くに、なにか名所があったにちがいないのです。
せっかくパリに来たのだからと、一応
ルーブル美術館とほかの美術館、モンマルトルの丘、ノートルダム寺院
ブローニュの森、それから、いくつもの雑貨屋さんやカフェへも行ったのです。
どこかの横丁に入ったとき、
その店が目についたのです。
店の外にメニューが出ています。各料理の写真と値段もわかります。
ムール貝の鍋物は日本円に直すと1500円くらいと素早く計算。
昼ごはんにしては、予算オーバーだけれど、
空腹には勝てない。鍋物・汁物・ぐつぐつ料理のイメージが私を店の中に引っ張り込んで。
出てきた料理を見て、正直驚いた。しっかり深い寸胴の鍋いっぱいのムール貝。
それにパンとフライドポテト。
「これ、一人前?」と私は、英語で聞く。
ウエイターは、「ウイ」と言ったような・・・。
スープの良い香り、ほくほくと口を開いた貝のふんわりしたおいしそうな身。
食が細いと自認している私が、猛然と食べ始めました。
ぷくっとした身は柔らかいのに、中はアツアツで、薄味の汁は何とも濃いコクがある。
ハンバーガーやバゲットやクロワッサンやサラダばかり食べていたのだから、まるで飢えているのです。
ああ、しあわせ! 私もじつは食い意地が張っていたのだ…と喜びがあふれてきます。
★★ ★★ ★★
食べても食べてもなくなりません。さすがに満腹。まだ、鍋の底にはかなり残っている。
私は、残りの貝の数を数えます。十六粒です。メモを失ってもこの数ははっきり覚えています。
ニンニクの切片が浮かんでいるスープを飲み、パンも少しはかじったけれど、
あと十六粒はどうしても、入りそうにない。日本ならこれだけでも、結構な料理が作れるのに!!
でも、満たされた私は、ほろ酔い気分で店を出たのです。
歳月に洗われて、失われつつあるパリ五日間の思い出、
一番克明に残っている記憶が、このムール貝かなあ。