ノアの小窓から

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映画「沈黙」が呼び覚ますもの――ネットからのシェア

2017年01月17日 | 聖書


     日本バプテスト連盟花小金井キリスト教会
         藤井秀一牧師のフェイスブックへの投稿です。




    「沈黙」が上映されるので、改めて背教について考えてみた。

     信仰を捨てるというのは、可能なのだろうか。

             
                 (写真はさとうが、入れたものです)


     たとえば、あなたの親を、親と信じるのをやめよと言われて、

      親の顔を書いた絵を踏んだからと言って、

       自分が親から生まれたことを、信じなくなれるものなのだろうか。

     信じていないふりしかできないんじゃないかな。

     親から生まれたという事実は、踏み絵をふもうが、

    「あなたなんか親じゃない」と口で言ってみようが、変わりようがないのだから。

    同様に

    天の親に愛されて、この地上に生まれてきたという事実は

    生まれてきた側の人間が、何をしようとも、否定しようのない神の出来事なのだから、

    それを人間の側から、捨てるとか、捨てさせるという行為は、

    原理的に不可能なんじゃないかな。









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