7/21 今朝110番すべきことがあった
通路で人が歩いてるうのが聞こえた。
私は出かける支度をしていたので玄関にいた。
うちに近づく音がして玄関前で止まった。
渋谷の誰かと思ったら、それは挨拶もなく、
玄関の網戸をまくりあげた。
私は誰?と言ってとがめた。
それは上の階のとなりのとわけのわからぬことを言っていた。
行きかけた男をとどめて、ここの住人か聞いたらここには住んでいないと
行った。
さっきの足音の男なのだ。
しかし直観と挙動不審の態度に下と関係あると思った。
そのあと、下に降りたら、店はまだ看板をつけたまま。
実にだらしのないやり方。
私がPCを始めるとわかるや、下で動く音がした。
書かせないために妨害に来るのだ。
いつでもそうなのだ。
下はうちの倍の面積がある。
音の聞こえてくる方向は202の下なのだ。
後で110番に相談してみる。
7/21 ミカさん 網走 金曜日に聞いた話
網走といえば私みたいに無知でも刑務所と思うけど、
その建築やその周辺のインフラの建築について聞いた。
囚人が使われていたのだけど、それは政治犯だった。
当時1400人がいたとか。
刑務所の建築だけでなく、160Kmの道路を雪のない4月から12月に作る
構想だった。とても無理に思われたけど、できたそうだ。
いろいろ聞いたけど、メモれたことを書く。
1本のまるたを共有の枕に寝かされ、朝になると監視が枕の先端をなにかでたたいて起こした。
叩き起こすという言葉はここから生まれたのだそうだ。
場所はわからにのだけど、囚人道路と呼ばれた225kmに渡る道路に沿って花壇とか
塚・石碑などあるのだとか。
それは囚人を埋葬した塚でもあり、中には鎖につながれたままの遺骨などもあった。
それ故、くさり塚と呼ばれてもいたとか。
こういうのを聞くと、日本に限らず、その昔は野蛮なことをしていたんだと思う。
私のお粗末な知識だと風とともに去りぬの中でも
囚人の扱いを描いたところがある。